●特別インタビュー  翻訳者に聞く
   〜 話題作『フューチャー・イズ・ワイルド』の土屋晶子さん 〜

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――(2月1日の朝日新聞や日経新聞など)新聞各紙に書評が掲載され、また書店で在庫が無くなる程の売れ行きですが、翻訳をされている時は、これほど話題になると思いましたか。

土屋: 自然科学関係の本としては、本屋さんからの返品が続出という事態にはならない程度に、そこそこ売れるだろうとは思っていました。欧米でもベストセラーになった本ですし、テレビ番組として、ケーブルTVの「ディスカバリーチャンネル」で昨秋に何度も放映されていましたから。題名こそ違いましたが、NHK教育のお正月番組でも流れました。ただ、海外でよく売れたからといって、科学的推論による人類滅亡後の世界というものが、日本の地で受け入れられるかどうかは、本当のところよくわかりませんでした。もちろん、出版社の目標は高かったです。しかし、熱心な人がいる反面、読者層は限られてくるかも…と考えていました。それが1月半ばの出版からこちら、予想外の反響で、本当にびっくりしています。

――書評をお読みになった感想はいかがですか。

土屋: あまりにも荒唐無稽すぎるといった批判でなく、好意的なものだったので、とにかくほっとしました。

 この本はさまざまな楽しみ方ができると思います。登場する生きものの細部にマニアックにこだわって遊ぶこともできます。人類の未来をロングスパンでとらえ、ひるがえって、現在の地球の状況を考え直してみるような人もいるでしょう。また、大げさにいえば、宗教なき時代の黙示録であると捉えるのも許されるのではないでしょうか。
 私はこの本を読んで、笑って、同時に、生きていくものの宿命に思いをはせました。現代のせわしない生活に埋没しすぎることから、救われたような気持ちも感じています。

――例えばイカが陸に上がって象より大きくなるなど、『フューチャー・イズ・ワイルド』では時に大胆な予測が書かれていますが、このような記述についてはどう思われますか。

土屋: この『フューチャー・イズ・ワイルド』は、テレビ番組、大人向けの本、子供向けの本と、いくつかのバージョンが欧米で出ていて、それぞれ少しずつ趣が違います。映像版ですと、遠い未来、人類は他の惑星に移住し、時々探査船を送っては故郷の地球の様子をカメラで撮ってくるという設定になっていますが、書籍版では、人類はあっさり退場している形になっています。  映像や本の図版を見てみますと、これはなんだ?という生きものたちが派手に出てきて、思わず笑ってしまいます。でも、訳す作業をしていると、やはり現在の科学の成果による足かせのようなものを感じます。いくら突飛に見えても、未来の生きものの形態は、これまでに人間が知りえたことから抽出されたものなのです。もちろん、可能性のある選択肢のなかからどれを選ぶかというところに、科学者たちの好みが入ってはきますが。フィクションだけでいった場合は、もっと変な生きものが出てきても不思議ではないのではないでしょうか。

――この本を訳していて楽しいと思った瞬間は? また、書籍の内容で、具体的にどの部分に興味を引かれましたか。

土屋: 500万年後の世界から始まって、本当にこの本にはいろいろな生きものが出てきます。新しい生きものが登場しては、その細かな特徴や行動パターンが明らかになっていきます。訳している際、イメージのできあがった生きものたちが本の中から飛び出して、自分の中で自由に動き始める、その瞬間瞬間が好きでした。
 私が一番気に入っている動物は、やはり最後の哺乳類、ポグルです。1億年後の世界に出てきます。とろんとした大きな目の持ち主で、クモがせっせと集めて貯めている草の種をのんびり食べて生きています。しかし、実はこのポグルは、クモのえさとなる家畜同然の身なのです。ポグルの置かれた運命を考えると涙なしではいられません。どうしても肩入れしたくなります。同じ哺乳類だからでしょうか。  また、何千ものクラゲが集まってできたオーシャンファントムの不思議な姿には心惹かれるものがありました。長い触手をぶらぶら垂らしながら、半透明の大きな物体が海を漂うのです。そして、4枚の翼をもつツルの子孫、グレートブルーウィンドランナーも悠々と空を飛ぶのが美しかったです。もちろん、極め付き、タコや巨大イカが活躍するのには圧倒されるばかりです。なんだか、タコやイカの刺身を気軽に食べていいものか迷ってしまいますね。うねうねとはいまわる、どんなに気持ち悪くみえる生きものでも、一つ一つ思い出すと愛着のあるものばかりです。

――科学の専門用語や理解しにくい難しい言葉・文章に遭遇した時、どんなものを利用してそれらをクリアされましたか。

土屋: もともとSFが好きで、テレビの動物・自然番組もよく見ていましたから、この本の内容に違和感はありませんでしたし、訳せたら本望だと思っていました。でも、いざ翻訳の作業を始めると、好きということと、専門知識がきっちりあるかというところには、天と地ほどの差があることがわかり、愕然としました。
 それを救ってくださったのがチェッカーの方です。数多くの的確な指摘をいただいたおかげで、さらに珍妙な動物が出現という事態に陥らずにすみました。現代科学思想の主流は何か、それをどうやって分かりやすく表現するかに始まって、動物の細密な分類に至るまで、本当にいろいろなことを教えていただきました。自然に対する真摯な姿勢からも、学ぶものがたくさんありました。  手元に置いてある辞書は、とりたてて変わったものはありません。英和ではリーダーズ、リーダーズプラス、ランダムハウス、ジーニアスなどです。図書館では、百科事典や、生物学・地学など個別の事典を利用しました。また、各分野の概説書、科学雑誌、子供向けの本も、何かわからないことがあるたびにページをめくってみました。ウェブサイトとしては、チェッカーの方から教えていただいた、Britannicaの百科サイトが非常に助かりました。ネット検索をしてみて改めて驚いたのは、生物をテーマとするページが非常にたくさん開かれていることです。ある専門用語に関係する述語表現はどこまで平たくできるか、といった雰囲気を調べてみたいときも、日本語サイトを見てまわりました。  ちなみに、今回の仕事の調べ物で一番楽しかったのは、「吸った血を仲間と分けあうチスイコウモリ」の研究の邦訳(『サイエンス』90年4月号掲載)を探し出せたときです。結局それを読んでも訳文に大きく反映されたわけではないのですが、自分の中での疑問が氷解して、とてもうれしかったです。

――英文原書(大型版)160ページ、日本語版にして280ページ。翻訳に費やした時間は延べ2カ月余りに及びましたが、この長丁場をどのようにして乗り切られましたか。

土屋: 最近のTranNet通信で、「翻訳出版のしくみ」という連載がありますね。まさにあれに書かれているとおりのことがありました。1冊の本ができあがるまでには、さまざまなプロセスをふんでいかなければならないことを痛感しました。とりわけ、この本は何人もの方々との共同作業で生まれてきたものです。トランネットのコーディネータの方があらゆることをとりしきってスムーズな流れを作ってくださり、チェッカーの方が全面的に助けてくださって、編集者の方の本づくりへの情熱で出来上がりました。  訳文を納めてしまうまで、私もとにかく健康でいなければいけないと思いました。用事でどうしてもつぶれてしまう日もありますし、風邪でもひいて2、3日でも机に向かえないときがあったらアウトという状況でしたから。寒くなり始める時期でしたので、のどにいつもタオルやマフラーを巻いていました。傍目からはひどい格好に見えたでしょうね…。睡眠もできるだけとるようにしていました。1日快調に飛ばしても、翌日に能率が落ちると、結局は同じですから、焦る気持ちをおさえて、なるべく深夜まで起きていないようにしました。もちろん最終締め切りの直前はそんなことは言っていられませんでしたが。

――そのほかに何かコメントがあれば、お願いします。

土屋: 最後になりましたが、この本を訳す機会を与えてくださったトランネットの皆様に、本当に感謝しています。ありがとうございます。

――どうもありがとうございました。

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