外山滋比古





 (9)あいまいの美学 


 阿倍首相が、靖国神社参拝について態度を明確にしなくなった、 あいまいであるとマスコミが批判した。そのせいばかりではあるまいが、支持率が下がった。日本人はいつのまにか、あいまいが嫌いになっているらしい。だとすれば大きな変化である。
 戦後、アメリカから、日本人はあいまいである、イエス、ノーだってはっきりしないと悪く云われ、日本人はその都度、恐縮してきた。それでだんだん率直さがよいのだと思うようになったのかもしれない。
 はっきりしたもの云いが、婉曲にぼかした云い方よりもすぐれているように考えるのは、歴史の浅い社会の人間の誤解である。年輪を重ねた文化では、露骨より婉曲を尊ぶのである。こどもは大人の含みのあることばを解しない。
 同じ英語をつかっていながら、イギリスのことばはアメリカ英語に比べて、ずっとソフトで、陰影に富んでいる。味わいも深い。日本はイギリスに比べてはるかにことばの歴史が長いだけ、婉曲で、あいまいな表現への好みがつよい。バカ正直なことばは、幼稚だと軽んじられ、含みのあることばが美しいと感じられる伝統がある。
 昔、雨の中、蓑を借りに来た人に、山吹の枝を差し出した少女は、婉曲なことば遣いの鏡のように考えられた。 ありませんとはっきり云う代りに 七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞ悲しきの山吹で答えたのは優にやさしき心である。ことばの教養が豊かに発達していないと、こういう問答は考えられない。
 かつてイギリスのチャーチル首相が議会答弁の中で野党議員のことを 脳細胞に異常を呈する議員と呼んで、ユーモアを称えられた。しかし、ずいぶん露骨でとても、婉曲とは云いかねる。(そのころ日本の吉田茂首相が国会で「バカヤロー」と叫んで解散に追い込まれた事件がおこっている。ユーモアを解した人でも魔がさすということはある)
 日本人は日常生活でも、ぼかした云い方で人間関係を滑らかにしている。 よろしくお願いしますというときの よろしくが何であるか、双方にはっきりしていることはすくないが、それでわかり合っている。 結構ですとなると、ときに混線する。食べものなどすすめられて 結構ですというのはノー・サンキューのことだが、なれない外国人留学生などは、 ありがとうと誤解する。日本人で、そこにつけ込んで、悪質セールスをするのがいる。ことわるつもりで 結構と云ったのを、イエスと云ったと云いがかりをつけてトラブルになる。これにかぎらず、巧妙な勧誘をする業者もある。あいまいな書き方がしてあって、断ったつもりで返事を出すと、それが承諾書にされてしまうというケースもある。日本文芸家協会では、会員に再三、こういうのにひっかからないように警告をしている。ことばの仕事をしている人たちまで被害を受ける、というのがおもしろい。
 そこへいくと、 どうもどうもは愛嬌である。戦後、昭和二十五、六年ころ、サラリーマンの間から流行(はやり)だしたことばである。おはよう、こんにちは、さようなら、すみません、ありがとうなど、さまざまな使い方が出来て便利である。はっきり云うより軽くていいというのでひろまった。
  どうもどうもが多くなったころから、俳句をつくる女性がふえ出した。女性俳句隆盛の理由はいろいろであろうが、俳句の含みのある表現の魅力にひかれるところが大きいように思われる。とにかく俳句はあいまいのかたまりのような詩である。あいまい模糊、なにを云っているのか定かにはわかりかねるが、そこがたまらなくおもしろい。もの好きな外国人まで、俳句を作り出したところを見ると、あいまいの美も案外、海を渡って国際的になりつつあるのかもしれない。
 ヨーロッパでは、ギリシアの昔から、あいまいは目の敵とされてきた。イギリスのウィリアム・エンプソンの、『あいまいの七つの型』(1930年)はそれをひっくり返すもので世界をおどろかせた。文学の美をあいまいの効果に求めたのは欧米においてはコペルニクス的発見であるが、日本人がおどろいたのはおかしい。十五世紀、心敬の「ささめごと」には、すでにあいまいの美学が説かれている。日本はあいまいの美学の先進国であることははっきりしている。
 あいまいの美学は受け手が洗練されていないと成立しない。野暮を相手では、白は白、黒は黒でなくてはならないが、通人にはなんどいろ、ねずみいろの方がおもしろい。
 あいまいなことばが喜ばれるところでは相手を信頼している。外交辞令というのも相手を立てるからあいまいでありうる。相手を立てる点では敬語の心に通じるところをもっている。敬語が乱れているいまの時代、あいまいが嫌われるのは是非もないか。

 当代の碩学が、流麗、明快、含蓄に富む名文を駆使して説く日本語の奥深い魅力と飜訳作業の醍醐味......。

 日本語文章は本来、縦書きによるものとされてきました。
 外山先生の原稿も当然、縦書きであることは表示の生原稿に明らかです。しかし、Web画面の制約で表示は横書き。始めてこの画面を見られた先生は、少なからず違和感を覚えられたようですが、回を重ねるに従い、横書きにふさわしい文章を、と行文、用字などに苦心を重ねられてきました。
 この間の機微を、Web、生原稿双方を見比べてお読みとり下されば幸いです。
 次回12月1日、日本語の個性(10)をご期待ください。
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