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中村雅子(第152回Job Shop作品入賞者)

第152回 Job Shop 作品入賞

訳書名 中村雅子(第152回Job Shop作品入賞者)
訳書出版社 株式会社エクスナレッジ


翻訳ストーリー

 本が好き。まだ字が読めず母親に読んでもらっていたころからずっと。大学では英文学を専攻したが、卒業後はそれを生かす道も見つからず法律関連の事務の仕事に携わることになった。
 だが、たまたま英語を使う仕事を任されるようになり、社内で実務翻訳も手がけるようになった。翻訳の技術を生かして本の世界に関われないだろうかと漠然と思ったりはしていたが、実際に出版翻訳の勉強を始めたときには四十代も半ばを過ぎていた。
 学校に通って勉強を始めたことで思い知らされたのは、出版翻訳で仕事を得て、さらにそれで食べていくことの困難さ。時間とお金をかけて学んでもそれが結実する日は来るのだろうか、という不安と迷いのなか、師や仲間に巡りあえたことは大きな励みとなった。
 その仲間から教えてもらったのがトランネット。だが、何度オーディションに挑戦しても最終候補に残るところまでしか行けない。自分の訳文には何か決定的な問題があるのではないかと頭を抱えながらも、挑戦を続ける日々。そうするうち、このJob Shopで翻訳者として選出していただいた。
 デザインには昔から興味があったので、楽しんで訳すことができた。掲載されている椅子を青山の家具店に実際に見に行って形や質感を確認したのも楽しい経験となった。一方で、ファクトチェックにはかなり手間をとられ、さらに作者が物を書くことを生業としているわけではないので、解釈に悩む箇所も多かった。
 そのようななか、トランネットの担当者の方には、スケジュールを立てるところから始まって、調査や表現上の細かなアドバイスなど、力強いサポートをいただき大変感謝している。私のようなフルタイムの会社員の仕事を続けながらの翻訳では、相当な努力と集中力を強いられるが、刷りあがった本を手にしたときの喜びはなにものにも代えがたい。これからも「新たな知と読書の喜びを日本の読者に届ける」という思いを胸に努力していきたい。

根本美由紀(第586回オーディション作品入賞者)

第586回 オーディション 作品入賞

訳書名 『ラグビー・アカデミー1 ウッディ、はじめてのトライ』
訳書出版社 株式会社岩崎書店


第586回 オーディション 作品入賞

訳書名 『ラグビー・アカデミー2 ローリー、自分への挑戦』
訳書出版社 株式会社岩崎書店


第586回 オーディション 作品入賞

訳書名 『ラグビー・アカデミー3 オーウェン、ほこりを胸に』
訳書出版社 株式会社岩崎書店


翻訳ストーリー

 本が好き、物語が好き、という理由だけで翻訳の勉強を始めました。現在は主に政治・経済誌の記事の社内向け翻訳を行っています。児童文学やヤングアダルトの翻訳は当初からの目標のひとつだったので、今回、出版翻訳者として一歩を踏み出せたことを大変嬉しく思っています。
 フィクション作品、なかでも児童文学のオーディションはなかなか開催されないため、お知らせを見てすぐに挑戦することを決めました。スポーツにもラグビーにも縁のない人生を送ってきた私ですが、得意分野ではないからと尻込みしている場合ではありません。そもそも世の中には自分の知らないことが山ほどあり、フィクション・ノンフィクション問わず、一冊の本には幅広い分野にわたる様々な話題が出てきます。新しい世界と出会えることは、私にとって翻訳の大きな魅力でもあります。このオーディションの課題範囲が訳せないようならどの本も訳せるわけがない、と気持ちを奮い立たせ、持てる力をすべて出して取り組みました。
 無事に合格し、シリーズ3冊を訳している数か月間は本当に楽しい日々でした。多くの調べものを経て原文を深く読み込んでいくと、ある時点から登場人物たちが頭の中で生き生きと動き回り始めます。それは、余計なことを考えず、ただ物語にザブンと飛び込んで自由に泳ぎ回っていた子どもの頃の読書体験にも似ていました。さらに、自分の手によって日本語の物語がだんだん立ち上がってくるときのなんともいえない喜び。私はやっぱり読書と翻訳が好きなのだ、と再確認しました。また出版翻訳の機会を得られるよう、今後もひとつひとつの仕事に丁寧に取り組みながら、勉強を続けていくつもりです。
 最後に、出版翻訳の経験が浅いにもかかわらず、文体や人称、原文の解釈などについて、私の意向を最大限に尊重してくださった出版社とトランネットの担当者の方々に心から感謝申し上げます。

増田沙奈(第67回Job Shop作品入賞者)

第67回 Job Shop 作品入賞

訳書名 『100歳まで病気にならないスーパー免疫力』
訳書出版社 株式会社日本文芸社


翻訳ストーリー

 きっかけは、一本の映画でした。英語に触れてすぐ、中学一年生の頃に観た『タイタニック』。沈みゆく船の中で、主人公の女性がこう叫びました。“Hello!” そして、そこに映し出された字幕は、「誰か助けて!」
 Helloって、こんにちは、って意味だけじゃないんだ。ホンヤクって、なんて面白いんだろう!
 たったこれだけ、あとは、本が好き、というそれだけの理由で、気がつけば10年近く、翻訳をやってきました。ただ、私の場合は、あまりにスローペースで、のらりくらりなので、皆さんのご参考になるようなことはとても語れません。
 ただ、やっぱり、根っこの部分に「好き」という気持ちがないと、続けるのは難しい仕事だなと思います。
 トランネットでは、入賞以来、本当にたくさんのことを学ばせて頂きました。翻訳のテクニックはもちろんですが、私が一番感じたのは、トランネットの皆さんの、作品に向き合う真摯な姿勢。本当に良いものを作ろうとする皆さんの情熱に、訳者としての心構えや、一緒にひとつの作品を作り上げる喜びを教えてもらったような気がします。
 この10年の間に、会社を辞め、翻訳中心の生活を始め、結婚して、いつの間にかふたりの娘のお母さんになりました。じっと机に向かう時間は無いに等しいですが、幸いなことに、最近はずっと好きだった絵本に接する時間が持てています。
 トランネットで様々な作品に触れさせて頂いて感じたこと。それは、私は「心に灯りがともるような作品」を読者に届けたいということ。
 学生時代、時間を忘れて夢中で読んだ本。会社を辞めたとき、一筋の光になってくれた本。いま、子どもを膝に乗せて読む、懐かしい絵本。
 本は私にとって、いつだって一番身近な、ほっとできる場所でした。ジャンルを問わず、そんな誰かの「灯り」になる本を、これからも一冊ずつ丁寧に、訳していければと思います。

※増田様には他にも多数の訳書がおありです。

荒井理子(第92回Job Shop作品入賞者)

第92回 Job Shop 作品入賞

訳書名 『サクソフォン マニュアル 日本語版』
訳書出版社 株式会社ヤマハミュージックメディア


翻訳ストーリー

 Job Shopで原書のPDFが公開されたときは本当にびっくりしました。日本で楽器関連の書籍というと、教本や楽譜くらいで、メンテナンスに関するものとなると、日頃のお手入れ程度のものしか見たことがなかったからです。なのにこの本ときたら、写真も解説もことごとくマニアック! サックスのバネやネジがこんなにクローズアップされたことがあったでしょうか?
 そんな興奮の中、さっそく課題に取りかかりました。最初にやったのは、クローゼットからテナーサックスを引っ張り出すこと。かつて吹奏楽部で使っていた愛着のある楽器です。原書の写真はかなり詳細でしたが、キイの動きや細かいパーツの裏側などは実物で確かめるのが一番。金色に輝く楽器を片手に訳していると、原文のあちこちからにじみ出ている著者のワクワク感もあいまって、妙にテンションが上がりました。「楽器とそのしくみが大好き」「リペアを知ってほしい」という思いが伝わってくるのです。夢中で訳し終え、提出しました。それまで書いたことがなかった自己PRの欄にも、手元の楽器のことなど勢いのままに書き込みました。
 実際の翻訳作業では、チェッカー、監訳者、コーディネーターのお三方にずいぶん助けていただきました。キイの細かな部位やメンテナンスの道具などの名称が、普通では知り得ないものだったり、日本では特に名付けられていないものだったりしたため、何度も確認をお願いすることに。当時の申し送りファイルやメールを読み返すと、よくこんな複雑なやり取りに付き合ってもらえたものだと驚くほどで、感謝しかありません。
 それから5年後の去年、同じ著者の『クラリネットマニュアル』を訳す機会に恵まれました。実はサックスの前はクラリネットを吹いていたので、わが家にはクラリネットもあり、不思議なご縁を感じました。どちらの本も納期に追われて苦しかったはずなのに、残ったのは「好きな本を訳せるって最高!」という思いでした。
※他にも多数の訳書がおありです。

岡朋子(第596回オーディション作品入賞者)

第596回 オーディション 作品入賞

訳書名 『くらべてわかる! ほんとのおおきさ動物図鑑』
訳書出版社 株式会社エクスナレッジ


翻訳ストーリー

 海外で働きたい、と思い始めたのは中学生の頃。きっかけは「ファッション通信」というTV番組で、ファッションジャーナリスト大内順子さんの存在を知ったことでした。でも、あんな華やかな世界に入れるわけがない。じゃあ翻訳はどうだろう。文字の少ない絵本の翻訳くらいはできるんじゃないか。――今思えばずいぶんと甘い考えですが、これが結果的には、今の仕事につながる選択となりました。
 英語よりライバルの少ない言語にしよう。そんな消極的な思いからフランス語を学べる高校に進学し、大学でもフランス語を専攻しました。卒業と同時に仏リゾート企業と契約して海外で働いた後、2000年に渡仏。パリのマーケティング&リサーチ会社で社内翻訳をすることになったのが、翻訳者としての第一歩に。現在はフリーランスで、主にファッション&ラグジュアリー分野のマーケティング翻訳を手がけています。はからずも、「ファッション通信」の世界に近づくことができたのです。
 「いつかは本の表紙に名前が載るようにがんばりなさい」という母の言葉に背中を押され、オーディションへの応募を始めたものの、どうしても「最後の1人」になれない。うれしい知らせが届いたのは、あきらめかけていた頃でした。ずいぶんと遠回りをしましたが、中学生の頃に漠然と思い描いていた「絵本の翻訳」に、ようやくたどりつくことができました。
 短い文章の単語ひとつひとつを、丁寧に拾いながら、同じニュアンスの日本語に置き換えていく作業は、時間はかかりますが楽しいものです。子どもたちが声に出して、テンポよく楽しめる文章になっていればうれしいなと思います。
 そして次はフランス語の絵本を訳せるよう、精進を続けたいと思います。

よしはらかれん(第602回オーディション作品入賞者)

第601回 オーディション 作品入賞

訳書名 『おならくん』
訳書出版社 株式会社アルファポリス


翻訳ストーリー

 本を翻訳してみたい――ずっと実務翻訳に従事してきたので、すっかり忘れていましたが、そもそも翻訳の勉強を始めたのは、そんな気持ちからでした。
 出版翻訳についてあらためて考えるようになったのは、子育てをしながら。2人の娘は大の本好きで、お気に入りの本はボロボロになるまで読み返し、図書館に連れて行けば、何時間でも本の山に埋もれています。わたし自身、子どもの頃は『モモ』や『おちゃめなふたご』などの翻訳作品を、時間を忘れて読んだものです。娘たちを見ていると、あの頃の気持ちがよみがえってきて、次第に「わたしも子どもたちに夢中になって読んでもらえる本を翻訳したい」という思いがわいてきました。
 そんなわけで児童文芸翻訳の勉強を始め、しばらくした頃、この作品がオーディションで出題されました。しかも読んだことのある作品です。挑戦しないわけにはいきません。
 しかし実際にやってみると、絵本の翻訳は噂どおりなかなか手ごわいものでした。まず苦労したのは、対象年齢の子どもたちにわかる語彙だけを使って、リズムのある文章に訳出すること。同じ翻訳とはいえ、これまでの実務翻訳とはまるで別世界です。
 さらに難しかったのが、この絵本にちりばめられているジョークの訳し方。日本人にはピンとこないものも少なくありません。そこで、日本の子どもたちにも理解しやすい言葉に少し意訳してみたり、擬音語を使って原書の遊び心を表現してみたりと工夫しました。
 振り返ってみると、絵本の翻訳はパズルのピースをひとつずつはめていくような、楽しく奥深い作業でした。このような機会をくださった皆さま――特に、海外在住の翻訳者にも出版翻訳の世界に入る糸口を設けてくださったトランネットのシステム――に感謝の気持ちでいっぱいです。
 これからも、まだ翻訳されていない素敵な作品を、日本の子どもたちにたくさん届けられるよう精進していきたいです。

海野桂(第597回オーディション作品入賞者)

第597回 オーディション 作品入賞

訳書名 『世界で一番ラグジュアリーな犬インテリア』
訳書出版社 株式会社エクスナレッジ


翻訳ストーリー

 翻訳の機会に恵まれたのは、華やかな写真が多く収められた本で、愛犬家のインテリアデザイナーたちの自宅を紹介する内容となっています。とはいっても、インテリアとともに語られているのは、家族として一緒に暮らす犬への、深い「愛」。オーディション応募時も、ラブレターを書くつもりで! とのぞみましたが、実際に翻訳にとりかかると、まさにラブレター! 溢れる愛を胸に抱きつつ、多いに頭を悩ませる日々となりました。
 掲載されているデザイナーは、その人柄も、住まいの雰囲気もさまざまです。ひとりひとりの個性を、なるべく訳文に反映させたいと思いながら取り組みました。インターネットのビデオシリーズで、原著者がデザイナー宅を訪問取材したものがある場合は、原書だけでは分からないその空間の様子を参考にし、取材中のやりとりからも人柄をうかがい知るよう努めました。また、原文には言葉遊びやジョークも多く、日本語でも楽しさを再現したいのですが、実に難しいことでした。インテリアやアクセサリーのブランド、アンティーク家具などに言及している部分では、調べものが尽きませんが、彩り豊かなデザインや、伝統を守ったていねいな手仕事にふれることができました。その美しさを何とか伝えられるようにという作業でもありました。
 翻訳期間中は記録的な猛暑で、納期まで、自身の体調や時間の管理にも懸命でした。季節が巡り、受けとったゲラに、訳文と原書の写真がきれいに配置されているのを目にしたとき、本当に出版されるのだと実感しました。
 初めての翻訳は、オーディションという門戸が開かれ、そして何よりコーディネーターの方から心強い支えをいただいたおかげで、可能となったことです。編集のかたをはじめ、出版にかかわる多くの方々にもご苦労があったことと思います。初めてづくしの今回の経験に感謝し、翻訳修行の厳しさを痛感しつつも、また次の一冊に向けて挑戦を続けていきます。

ドーラン優子(第570回オーディション作品入賞者)

第570回 オーディション 作品入賞

訳書名 『サイコパスの言葉』
訳書出版社 株式会社エクスナレッジ


翻訳ストーリー

 今から20年以上も前のこと、新卒で入った会社を3年で辞めた。何か口実が必要な気がして、思いついたのは「本好きだから翻訳をやりたい」という安直な理由だった。しかし当時の英語力では、翻訳なんて夢のまた夢でしかなかった。
 早速英語の勉強を始めたものの、何を血迷ったか通学先は「耳で聞いて理解する」が売りの英会話スクール。あちこちで道草も食い、翻訳にたどりつくまで10年かかった。やっと出版翻訳の学校に通い始めて下訳の仕事なども頂き、そろそろ芽が出るか? という頃、出産のタイムリミットが迫っているのに気づいた。無事に娘が生まれ、夢の翻訳はまた後回しになった。
 産後は仕事と子育ての両立も厳しかったが、時間に融通のきく在宅ワークが見つかり退職。そして再びチャンスがやってきた。トランネットでは珍しい、犯罪ノンフィクション物のオーディションがあったのだ。忙しくても暇を見つけては読んでいた大好きなジャンルで、もちろん応募することにした。
 ところがこの原文、妙に間違いが多い。嫌な予感がして迷ったけれど、せっかくだからと応募したらなんと合格。そこから先はもう修行の境地だった。ファクトチェックに加え、原文のいろいろな意味でよろしくない部分をどう日本語にするか、苦悩した。訳書がようやく出版されたときも、終わってほっとしたのとレビューが怖いという気持ちしかなかった。
 そんな私を救ってくれたのは、ライトノベル作法研究所というサイトで見つけた「他人から評価を得ることを最大の目的にしない」というページだ。「小説を自由に書くことで、もう十分すぎるほど報酬を受け取っているはず」という言葉は出版翻訳にも当てはまる。私も自分の好きなように翻訳することで、もう報酬は得ている。そう思ったら心が楽になった。
 ああこれで気楽になったと思いきや、ありがたくもまた一筋縄ではいかない作品の依頼を頂いて、修行の境地は今日も続いている。

日向りょう(第153回Job Shop作品入賞者)

第153回 Job Shop 作品入賞

訳書名 『最強ドラマー列伝』
訳書出版社 株式会社ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス


翻訳ストーリー

 この本の仕事をさせていただいたときは、訳を開始した後で想定外の量のファクトチェックが必要なことに気づきました。ペースを上げて「ファクトチェック+訳」の作業を進めていきましたが、全体の15~20%程度を訳し終えた時点で計算してみると、限界まで作業のペースを上げたとしても納期に間に合わせるのは難しく、間に合わせるためにはファクトチェックの精度を下げるしかないとわかりました。つまり明らかに事実に反する点を確認するに留め、後はクライアント様の判断にお任せするということです。
 ですが、事実関係について曖昧な点を残したまま訳を進めていくのは色々な意味で難しく、問題を大きくしてしまう可能性もあります。そこでトランネットのコーディネーターさんに相談させていただいたところ、事情を理解して下さり、納期の延長を掛け合って下さいました。そしてクライアントの編集者さんのご理解もいただき、納期が延長されることになりました。
 関係者の皆様のご理解があって、必要なファクトチェックを済ませて納得のいく形で訳稿を提出できたことを、訳者としてとてもありがたく思っています。

※ほかにも訳書がおありです。

明浦綾子(第590回オーディション作品入賞者)

第590回 オーディション 作品入賞

訳書名 『スティーブ・ジョブズ グラフィック伝記』
訳書出版社 株式会社実業之日本社


翻訳ストーリー

 現在、サンノゼで子育て生活の真っ最中。元気爆発の4児を相手にドタバタな毎日を送る私には、一冊の訳書を手がけるなど無理だと思っていた。それでも時おり力試しのつもりでオーディションを受けたりして、書籍翻訳に興味を持ち続けていた。
 本企画の課題文に目を通すと、舞台の中心は隣町にあるアップル社だった。日頃から車で通るたびに、末娘があちこちにあるリンゴのロゴに指をさし、馴染みのある界隈だ。何かとIT色の強いシリコンバレーで暮らす中、内容的にとても興味をそそられる。採用の連絡を受けた際はとても驚いた。そこへまた、6歳の息子が飼い始めた2匹のカタツムリに、アンパンマンとスティーブという名前をつけていた。偶然とは言え、このお仕事に何かのご縁を感じて心を決めた。
 それからは、子供達が寝静まった後と週末にできる限り時間を取り、オフィスアワーに充てた。翻訳中は自分の力不足を痛感した。電子機器やIT用語の調べ物に手こずり、更に、原書の追加や変更が続いて巻き戻しながらの作業は大変だった。カレンダーを睨みながら焦りは募るばかり。子供達の行事は優先しなければならず、またスポーツ大会ではこういう時に限って勝ち進んでいく。突然にコンピュータが故障するハプニングも重なった。とにかく時間との戦いだったが、毎日あまりにも多くのことを学び、塾に通わせてもらうような充実感を覚えた。
 綺麗に装丁された訳書を受け取った時は感激した。トランネット担当者の方々から最後まできめ細かなサポートをして頂けたおかげだと思う。また、翻訳に集中できるように我が家のワンパク軍団をよく外へ連れ出してくれた夫や、手抜きがちの食事をモリモリ食べてくれた子供達にも感謝している。
 想像以上に時間とエネルギーを要した翻訳を終えると力が抜けてホッとした。子供達も「おじさんの本終わったんだ!」と喜んでくれた。この貴重な経験を活かして、また機会があれば挑戦してみたいと思う。

藤崎百合(第591回オーディション作品入賞者)

第591回 オーディション 作品入賞

訳書名 『すごく科学的 SF映画で最新科学がわかる本』
訳書出版社 株式会社草思社


翻訳ストーリー

 思い返せば、英語はずっと私の天敵でした。暗記が苦手で、試験では英語に足を引っ張られ、英語の読解はまるで暗号解読のよう、30歳も過ぎて今後の人生は英語から逃げ切ったと思っていた頃、海外旅行すら未経験のままに、夫の転職でアメリカに住むことに。そして、現地でようやく、英語が暗記科目や苦手ツールではない、「生きた言葉」だという当たり前のことを実感したのです。もともと読書好きで、図書館に通って絵本から読むようになり、オーディオブックにはまり、ドラマや映画を夢中で見続け、4年ほど経って翻訳の仕事を少しずつするようになりました。帰国後は二足の草鞋で映像翻訳や実務翻訳を行い、今は翻訳業に専念しています。理系出身で英語との出会いが遅い私にとって、出版翻訳はまさに「夢の世界」ですが、思い切って入会したトランネットでリーディングなどのお仕事を頂くようにもなりました。
 訳書は、SF映画を題材に最先端の科学までわかりやすく説明する本です。概要に興味をひかれて原書を取り寄せ、気がつけば課題以外の部分も楽しく読了。よく練られた内容と軽妙な語り口に惚れこんで、「選ばれたい」という受け身の考えは「この本を自分で絶対に訳す」というギリギリするような思いへと変わり、訳者に決まったときには喜びと納得がないまぜになった気持ちでした。
 テーマが多岐にわたるうえ専門性の高い内容もさらっと説明されている本なので、それと釣り合う訳文を作るための勉強と調べ物に追われましたが、すべてが楽しかったです。作者たちの掛け合い漫才のような対話もあり、駄洒落の訳に頭を捻るのは、まさにご褒美でした。また、コーディネーターの方の徹底的な赤入れには感謝しかありません。完成した訳書だけでなく、赤の入った原稿もまた、今の自分の実力を表し、今後の方向を示す宝だと思っています。
 実は、この文章を書いている今も「これは!」と思うオーディションの結果を待っているところです。これからも、皆さんと一緒に挑戦を続けたいと思っています。

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