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原題 IN PRAISE OF GOOD BOOKSTORES
著者 Jeff Deutsch
ページ数 216
分野 経営、教養
出版社 Princeton UP
出版日 2022/04/05
ISBN 978-0691207766
本文 長年書籍販売に携わってきた著者が、セミナリー・コープ書店の店舗移転と非営利事業化の経験に即して、古今東西の作家・思想家の著作をヒントに、時折ユダヤ教の考えも交えながら、理想の書店のあり方を考察する。名物書店を支える理念と教養人の思考法の両方に触れられるビジネス思想書と教養書の面を備えた珍しい一冊である。

オンライン書店が浸透した今、リアル書店の存在意義がますます厳しく問われている。しかし今こそ、書店は効率を追うことをやめ、生き残りを目指すだけでなく高い理想を掲げ実践する書店の未来を思い描くべきだ、と著者は呼びかける。空間、豊かさ、価値、コミュニティ、時間という切り口から、セミナリー・コープ書店が大切にしている価値観を提示し、これからの書店のあるべき姿を提案している。

書店が扱う商品は本そのものではなく、棚を見て回る体験、本が呼び起こす思索、対話、発見であるという考えのもと、独自の選択眼で情熱を持って選書し、新しい知のつながりを生みだし、顧客がゆっくり落ち着いて沈思黙考して新しい自分を発見できる本と出会える売場空間をつくり、本を並べる。

顧客のひとりの時間を尊重しつつもコミュニケーションを大事にし、顧客同士のコミュニケーションも生まれる場にしてよりよいコミュニティづくりに貢献する。教養の価値と過去の記憶を守り、受け取ったものを次世代に手渡していく役割を担う。こうした理想の書店のための理念に加えて、書店の収益構造、書店員への適正報酬の難しさ、非営利事業化に踏み切った経緯といった経営面の課題にも触れている。

志のある独立系書店への書店経営者からのアドバイスであるとともに、一読者かつ書店好きとして著者自身を育ててくれた良い書店が、生き残りこれからも存在し続けてほしいと切に願う気持ちが込められた本である。

幅広いソースから縦横無尽に繰り出される膨大な引用が、圧倒的な博覧強記ぶりを印象づけるとともに、読書で培った教養をいかに仕事や生き方に活かすかという見本そのものである。本好き・書店好きの読者は随所に見られる書店と本と書き手への敬愛に共感することだろう。