トランネット会員の翻訳ストーリー
簗田順子(第187回韓国語Job Shop入賞者)
翻訳ストーリー
1988年のソウルオリンピック。「クムメダル(金メダル)」がどうしても「キンメダイ」と聞こえ、何だか親近感を覚えながらも本格的な語学習得に至らなかった私を急激に変えたのは、初めて旅行で訪れた韓国の「Kビューティー」だった。微妙に日本人とは違う肌の質感を見せるファンデーションや主張でいっぱいのリップメークに心を奪われたのは序の口、極めつきは現地ガイドのおばさまが連れていってくれた「私が普段行っている銭湯」だった。日本と似ているがちょっと違う銭湯文化。本物のアカスリ体験、パックの即効性に驚き、すっかりKビューティーファン。化粧品やスキンケア製品を使いたいと思ったものの、それには使用方法が読めなければならず、必要に迫られて勉強を始めた。韓流ブームの8年ほど前だったから、「何で韓国語なの?」と変人扱い(?)されながら、関心は美容から音楽、ドラマや映画と広がり、行き着いたのは元々大好きな歴史とミステリーの本。書籍の翻訳がしたいなあ、と思っていたら、提案した企画が通ってスキンケアの実用書を翻訳。その後、自己啓発やファンタジー小説へとジャンルを広げるチャンスをいただいた。
そして「Job Shop」である。詩人のエッセイ。エッセイよりは限りなく詩に近い。詩のようなリズムのある文章はちょっと苦手だなあと思ったけれど、そのリズムが何気に心地いいことを発見。私って「こっちのほう」だったの? Job Shopはチャレンジしても翻訳者に選ばれることは難しく、へこんでしまうことも多い。けれど本当に何回かに1回は新しい自分を発見するきっかけになる。だから苦手な分野でも無謀なチャレンジをやめられない。
今でも本音は、大好きな歴史書やミステリーの翻訳がしたい。いまだにチャンスに恵まれないのは、私の能力が「そっちのほう」ではないからなのかも。それでもあきらめず「新しい自分」との出会いを願って、今後も気の向くままに歩いて行きたい。
新藤准一
翻訳ストーリー
いきなりではあるが、Beatlesが大好きだ。デビューは私が中学生のころである。とにかくカッコイイ。無我夢中でのめりこんだ。歌の意味もわからないのに、発音だけは真似したくて、かたっぱしから歌詞を丸暗記した。たぶん30曲ちかくは暗記したとおもう。すると、こんどは意味を知りたくなった。まだ文法はよく知らなかったが、辞書とくびったけで訳をやっつけた。100パーセントの意味はわからないが、半分程度でも雰囲気がわかれば、それで十分だった。
つぎにのめりこんだのが剣道だ。こどものころから、おもちゃの刀をふりまわすのが大好きだった。それで剣道部に入った。いまは古武道にひかれて、直心影流(じきしんかげりゅう)の形(かた)をやっている。
翻訳に興味をもったのは、50代のころだ。体調をくずして入院しているときに、フェンシングの剣の使い方が載っている英書を読んだ。日本刀とは機能や使い方が、まるで違う。衝撃だった。翻訳は日本の外の世界をみる窓のようなものだとおもう。
トランネット社に会員登録したのは60歳のなかばごろだ。オーディションにいくどか挑戦したが、なかなか満足いく結果はえられなかった。訳例は非常に役にたった。翻訳のプロとはこういうものかと感心した。翻訳は日本語の勉強である。
一昨年ほど前に、『Financial Planning & Analysis and PerformanceManagement』という英書を翻訳できないかというオファーを頂いた。一冊の本を翻訳するのは、はじめてである。正直なところ、こわかったが、念願の翻訳なので挑戦した。担当のコーディネーターのかたから、有意義なコメントをたくさん頂き、たいへん有難かった。翻訳の基礎がかたまったとおもう。お蔭様で、昨年の11月に『FP&Aのすべて』という題名で出版できた。うれしかった。
さて、またBeatlesである。3年ほど前に、昔の剣道部の仲間とエレキ・バンドを組んだ。大好きなボーカルで、あこがれのBeatlesの初期のロックを歌っている。
新井希久子(第692回オーディション入賞者)
翻訳ストーリー
「ねえ、一緒に絵本の翻訳をしてみない?」
知人のひと言が、二十年間続けてきた英語教室の仕事と絵本翻訳を、思いがけず一本の線でつないだ。私は“英語を教える人”というより、英語を英語のまま味わう楽しさを案内する“ナビゲーター”のつもりで、今日も子どもたちとワイワイやっている。だから正直、原書を日本語に訳すという行為には、うっすらとした違和感があった。「これ、私の役割と矛盾しないかな」と。
ところが実際に翻訳に向き合ってみると、その迷いこそが強みになった。たとえば翻訳の「リズム」。子どもたちが声に出したときのテンポや、ページをめくる間の“間”を、私は日々の教室で体の感覚として知っている。「どんな言葉なら物語に入りやすいかな」を考える時間は、単なる言葉の置き換えではなく、いつもの“読み聞かせ”や“一緒読み”の延長線上にあった。今回のオーディション合格は、現場で育ったそんな感覚が訳文にも自然とにじんでいたからかもしれない。そう思えることが、私にはとてもありがたかった。
制作が始まってからは、「翻訳は一人の仕事じゃない」という発見もあった。コーディネーター、編集、デザイン、営業、そして書店の方々。多くのプロの手が重なり、一冊の本が読者の手に届く。地元書店の特設コーナーを見たとき、「ああ、私はこのチームの一員なんだ」と実感。背筋が伸びる思いだった。そして読者から届いた「小一の息子が何度も読んでいます」という声。これに触れたとき、翻訳という仕事の意味と、英語講師としての自分の役割が、ようやく一本の線で結ばれた気がした。日本語で物語の核心を届けることは、いつか彼らが原書に手を伸ばす未来への、小さな「たねまき」なのだと。
だからこれからも、私は子どもたちと原書を楽しむ。その現場で生まれる感覚を大切にしつつ、原書の魅力をそっと日本語にのせるナビゲーターとしても、この先、まっすぐ歩んでいこう。
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