トランネット会員の翻訳ストーリー
ドラモンド美奈子(第521回オーディション作品入賞者)
翻訳ストーリー
留学中にアルバイトで翻訳を始めてから長らく実務翻訳をしていました。一度、出版社に持ち込んだ翻訳小説が出版されるという幸運にあやかり、それ以来また出版翻訳をしたいと思っていましたが、生活のためには実務翻訳の仕事を減らすわけにもいかず棚上げにしていました。近年は社会学分野の英訳をする傍ら、更年期に入って始めた仏教系のメディテーション、フェルデンクライス・メソッド、合気道を人生後半の三本柱として学んでいます。
学術書の仕事は年に3、4カ月ほど暇になるため、2年ほど前からトランネットのオーディションに応募し始めました。できる時期に限りがあり、しかも自分の関心分野の本しかトライしないのですが、今回の『敵を愛せよ』は共著者がポッドキャストで話を聞いたこともあるアメリカの仏教家だったせいもあ
り、普段より意欲的に応募しました。
それだけに採用の喜びもひとしおでしたが、実際に作業を始めてみると出版社様の希望するイメージにそぐわず、先方の校正者の方にかなりご迷惑をおかけしました。その後、大幅にスタイルを変え、トランネットコーディネーターの方の入念かつ的確なサポートのおかげもあり、なんとか完成にこぎつけました。
日本語はリダンダンシーの多い言語で、普段はそれを抑えて英語らしく訳すという作業をしています。しかも、学術書の世界では「読みやすい」文章の基準も一般書とは違うようです。今回は、一般読者向けに読みやすい文章にするためにリダンダンシーも取り入れた日本語らしい言い回しにするという、長年忘れていたことを思い出させて頂きありがたく思っています。
書き直しや納期調整など戸惑うことも多くありましたが、この本で紹介されている世界観・人生観や問題対処法を参考にして、ストレスや焦りや自己嫌悪に圧倒されることなく現実を受け入れながら熱意を失わずに仕事を完遂でき、この訳書を日本にお届けできたことが何よりの喜びです。
浅野ユカリ(第529回オーディション作品入賞者)
翻訳ストーリー
大学を卒業し英語を使う様々な職に就いた後、4年ほど社内翻訳を経験して、出産を機に在宅翻訳者になりました。「実務翻訳」と「出版翻訳」に大きく分けた時、自分は実務翻訳でやっていくのだという漠然とした思いがありましたが、「出版翻訳家」に対する憧れは心のどこかに常にありました。そんな折、ある翻訳者の方が書かれた自己管理に関する本を読んだのをきっかけに、「7年後の目標」を設定してそこを目指して今何をすべきか、ということを考えるようになりました。その時目標として出てきたのが「自分の訳書を出版すること」でした。
そのためには、まず実力をアップしなくてはなりません。日々頂ける仕事ももちろん大事ですが、勉強のための翻訳もやっていかなくてはいけない、という思いから行動を起こしたのです。
漠然とした「勉強」ではなく、目標に直結する方法を探していた時、トランネットの翻訳オーディションに出会いました。
ちょうどその時開催されていたオーディションの課題文は、心理学のキーワードを解説した「Freudian Slips」でした。読んだ時は胸が躍りました。高校時代に好きで関連の大学へ進もうかと考えたこともある題材です。慌ててトランネットの会員登録をし、締切時間ギリギリで滑り込んで訳文を送信しました。その時の気持ちはあくまでも「7年後の自分」のために踏み出す第一歩でした。
ですから、自分が翻訳者に決まったと連絡を受けたときは信じられませんでした。無我夢中で訳しましたが、途中で何度も「自分はまだ本を一冊訳すなんて実力はないのではないのだろうか」「引き受けてしまって良かったのだろうか」という思いがよぎりました。それでもトランネットの担当の方に温かく励まして頂き、何とか最後まで訳し切ることが出来ました。自分の名前が載った本を手にしたときは「奇跡が起きた」と感動しました。勇気を出して挑戦して良かったです。関係者の皆様、本当にありがとうございました。
浅井みどり(第520回オーディション作品入賞者)
翻訳ストーリー
オーディションに合格したとのお知らせを受けて大喜びしたのも束の間。2カ月半後の納期を目指して素早くスタートを切らないと間に合いそうもなく、PDFが届くやいなや原書を一気読みして翻訳作業にかかりました。ところがすぐに医学用語という壁にぶつかってしまいました。仕事の関係で医学用語の知識は多少あったので、オーディションを受ける際には問題ないと思っておりましたが、専門家のように内容までも十分に理解しているわけではなかったので、語を上手く文章に活かすことができず、不自然な日本語になってしまうのです。翻訳に興味を持つようになって以来、仕事帰りに翻訳学校に通って一通り勉強していたものの、まだまだ力不足だと改めて痛感しました。
でも、落ち込んでいる暇などありません。そこで、翻訳作業ができない通勤時間を利用して勉強することにし、電車の中で必死に専門書や医学論文など関連するものを読みました。MRIの仕組み、原子と電子、脳の機能と解剖学、心理学の歴史と実験。泣きたくなるほど難しい内容でしたが、もともと好奇心が強いせいか次第に面白くなり、それと同時に、調べ物も含めて翻訳作業が順調に進むようになりました。一冊の本を翻訳するのは本当に大変なことです。でも、自分の知らなかった世界を覗くこともできる貴重な体験とも言えます。訳語がぴったりとはまったときの爽快感はたまりません。翻訳は英語に対する興味だけでなく、調べ物を面倒くさいと思わないこと、何でも知りたいと思う気持ちも大切だと実感しました。
翻訳は孤独な作業ですが、トランネットの皆さまがいろいろとお力添えくださったので、本当に心強く思えました。コーディネーターさんのメールで作業に弾みがついたのは一度や二度ではありません。トランネットさんを通じてお仕事ができましたこと、とても幸せに思っております。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
木村千里(第502回オーディション作品入賞者)
翻訳ストーリー
トランネットに入会したきっかけは双子の流産だった。
そもそも、高校の頃からの夢だった出版翻訳家。英文科に進み、実務翻訳家も視野に入れてSEになり、翻訳学校に通ったが、一度は諦めた。しかし妊娠を機に独学を再開。育児のために”できなくなったこと”を数えるよりも、どんな小さなことでもいいから”できること”を増やそうとする姿を子供に見せたかったからだ。
しかし双子たちは星になった。勉強を再会した矢先のことだった。一ヶ月後、トランネットに入会。双子が気づかせてくれた「もう一度翻訳を」という想いを無駄にしたくなかったのだ。その想いが生き続ける限り、双子は私の心の中で生き続けるのだから。
入会後初めて募集のかかったオーディションに応募し、訳者に選ばれた。嘘みたいな話だった。
実際に翻訳してみて再認識したのは、翻訳の面白さ。翻訳すればするほど、翻訳が好きになる。
そして同じく再認識したのが実力不足。翻訳学校では小説を訳してきたが、ビジネス書の翻訳には小説の翻訳にはない独特の難しさがあった。下手をすると何の強弱もない説明文の羅列になってしまう。かといって、単に文末にバリエーションを持たせるといった小手先の技術を多用すると文章が読みにくくなる。本書を訳していくうちに、前後関係や強弱を表現するコツがつかめてきて、実践に勝る勉強はないと実感した。このような機会を提供して下さったトランネット様と出版社様には心から感謝している。
残念ながら、今の私は仕事に割ける時間が限られている。そのため今後は独学と並行で、短期間でできる翻訳や共訳のオーディションに応募していきたい。翻訳に比べ拘束期間が少なくて済む、リーディングや持ち込み企画にも挑戦するつもりだ。さらには「いつか自分の翻訳した絵本をこの子に読み聞かせてあげられたら」などと大それた夢を描いている私の腕の中で、今、六ヶ月の我が子は口を半開きにして寝息をたてている。
後藤泰子(第386回オーディション作品入賞者)
翻訳ストーリー
「山があるから登るのだ」とは有名な登山家の言葉だ。翻訳者は「そこに本があるから」訳すのではないだろうか。苦しい思いをしながら前に進むしかなくなるのが落ちなのに。翻訳者もまた特異な人間かもしれない。
翻訳者は言葉にこだわりを持っている。私は例えば、『カラマーゾフの兄弟』の人気を近年あれほど高めた新訳を好きではない。父親に飲み物をすすめられたアリョーシャが「ホットなら喜んで」とこたえるのだ。ありえない! 私はあのアリョーシャにコーヒーのことを「ホット」なんて言わせたくない! 私は『赤毛のアン』も『星の王子さま』も旧訳が好きだ。私の日本語は「古臭い」のだろう。オーディションで合格できないとき、理由のひとつは、訳が翻訳調であったり硬かったりすることかと思う。だからこそ、オーディションの評価でAがつくことや合格することは、私にとって深い意味がある。プロの編集者が商業的に使える日本語であると認めてくれたと思うからだ。
翻訳者はどんな本でも訳しながらその世界に浸りきる。登山関連の本を訳したときは、どきどきはらはら大変な興奮を味わった。今でもテレビや写真で雪山をみると胸がきゅんとする。自分では2キロ以上の荷物を持ちたくなくて登山をするなど考えられないのに。
とはいえ人には好みも向き不向きもあり、実際はどんな本でもというわけにはいかない。私はビジネス書、自己啓発書、スピリチュアル系にはあまり関心が持てないのだがトランネットのオーディションではこれらの分野が断然多い。この数年は参加したいオーディションが何カ月もないことがあった。そんなときに「会員持ち込み企画」のお知らせが出た。駆け回りたいほどうれしかった。チャンスだ。翻訳を目指す人にとって、自分が訳したい本を出版することは理想ではないだろうか。
私は昔から、本を読みながら「ねぇねぇ、こんなことが書いてある」と周囲の人に言ってはうるさがられていた。こちらは教えたくてむずむずしているのに、「あとで読むから教えないで」と言われるのだ。(あとで読まないくせに……)。でも洋書なら「あとで読む」とはなかなか言えまい。だから自分が読んで面白かった本を訳して人に読んでもらうほどの幸せはないと思う。でも、それには自費出版しかないのかとあきらめていた。(それに自費出版は不特定多数の人が読むのではないため、理想的ではない。)
この第1回企画で応募したものが今春出版された。1年がかりの仕事になったが、自分が皆に読んでほしいと思う本を翻訳出版するという長年の夢のひとつが、突然あっさりと実現してしまったのだ。トランネットさまさまである。
もうひとつ、私の●ささやかな●(傍点)夢は、(大きな声では言えませんが)、印税がもらえる翻訳家になること……。
※後藤様にはオーディション以外にも持ち込み企画案件を含む数多くの訳書があります。
瀧下哉代(第387回オーディション作品入賞者)
翻訳ストーリー
オーディションに合格したのはもう6年も前になる。初めての訳書だったので、納期までに無事訳し終えるかどうか、ただでさえ不安だったのに、読み進めていくうちに意味不明な箇所が続出した。こんな時、とても頼りになるアメリカ人の夫に聞くと、「これはイタリア人が書いた英語だからわからない」とすげない返事。イタリア語から英訳されたアート系の書籍によくあることらしい。意味を汲み取ろうといくら行間を睨んでいてもらちがあかないので、コーディネーターの方にイタリア語の原書を取り寄せてもらった。大学で専攻していたフランス語と似ているからなんとかなるだろう、と辞書を引き引き読んでみると、不明な箇所は原書では意外とわかりやすく書かれていた。慣れないイタリア語で読む作業が加わったので、ますます納期がきつくなったが、大学受験以来、数十年ぶりの集中力を発揮して、奇跡的に期日までに訳文を納めることができた。
最近では年に2、3冊ほどの案件を紹介していただいている。仕事が入ると頭の中がその本一色になってしまうし、普段から粗食系の食卓の質ががたりと落ちる上、労働時間の割に家計への貢献度が低いので、家族の理解なしにはできない。翻訳中の本がいかに素晴らしいかと、取り憑かれたかのように語る私に毎回耳を傾けてくれ、いつも応援してくれる家族に心から感謝している。
1年ほど前からアリゾナ州で田舎暮らしを始め、今も窓の外には色とりどりの野鳥が飛び交っている。人との接触が少ない生活をしている私にとって、本の世界に浸りきっている間の精神的な充実感、一冊の本をすみずみまで深く読む楽しみ、書棚の一角に新しい訳書を収める時のささやかな喜びは、何ものにも変えがたい。また、翻訳は孤独な作業に陥りがちだが、トランネットの各部署のみなさんの力強く暖かいサポートのおかげで、続けてくることができた。この場を借りてお礼申し上げたい。
※瀧下様にはオーディション以外にもフランス語を含む数多くの訳書があります。
中島葉子(第510回オーディション作品入賞者)
翻訳ストーリー
“Get Married This Year”の翻訳者に選ばれたとの通知を頂いた時は、月並みですが、頭が真っ白になりました。20代前半より、かれこれ10年以上も出版翻訳者に憧れながら、「現実的ではないかな」と実務翻訳の勉強をしてみたり、諦めきれず出版翻訳の勉強に戻ったりしていた私は、生きている間に1冊で良いから自分の名前が表紙に載った訳書を出したい、と思っていました。
私は10~15歳の5年間と、大学1年間を米国で過ごしました。ですから、洋書も和書と変わらない感覚で読むことが出来ます。じゃあ翻訳なんて簡単に出来ちゃうでしょう? と言う人もいます。でも、違うんです。逆なんです。どんなに英語が出来ても、それを正しい、「読み物」としての日本語にするというのは、余程の日本語力がなければ出来ないんです。そのことに気付いた私は、一度「自分の乏しい日本語力では、翻訳、それも読み物ど真ん中の出版翻訳だなんて夢のまた夢だ」と諦めました。いえ、一度ではありません。「諦めよう」「やっぱり頑張りたい」を何度となく繰り返して来ました。そんな調子で10年以上、間に3度の出産で中断を挟みながらもコツコツと地道に勉強し、目指してきた夢が叶ったのが本書です。
現在、私は再び米国に住んでいます。渡米時、子供達は上から小5、小1、幼稚園の年中でした――彼女たちは一生懸命、英語の環境に、米国の文化に、人に適応するべく、泣いたり笑ったりしながらもう2年が経とうとしています。そんな中で実現した、私の「本を1冊訳す」という夢。特に長女が興味津々で今は大変だけれど、英語を身に付ければ翻訳者という道もあるんだ、と連日パソコンの前に座る私を応援してくれました。自分の夢を実現出来ただけでなく、娘の夢にも繋がったかもしれない今回のオーディション合格。これからも相変わらず、コツコツと、次は2冊目の夢に向かって頑張りたいと思います。
新田享子(第515回オーディション作品入賞者)
翻訳ストーリー
カリフォルニアへ移住し、翻訳会社のオーディションで受賞したのがきっかけで本格的に翻訳の道に入りました。日本の漫画の英訳から始めたのですが、生計を立てていくため、シリコンバレーで産業翻訳も始めました。インターネット黎明期以来の老舗企業からスタートアップ企業まで、社内翻訳からフリーランスと、いろんな仕事は舞い込むし、見返りも悪くない。でも漫画の翻訳のようなヌレ場はないし、なぜかふと虚しくなりました。
そこへもってカナダへ引越。ここにはシリコンバレーのようなテクノロジーのメッカはありません。心機一転、出版翻訳に挑戦してみようか。元々文学系で文章を書くのが好きだし。出版翻訳の先輩に相談すると、トランネットのことを教えてくれたので、早速登録。
カリフォルニア時代からのクライアントや仕事仲間から口コミで仕事が来るワタクシに「オーディションですって?」と高をくくっていたら、オーディションには何度も落ちました。もちろんショックでした。踏んでいる土俵が違うのだ! と気付き、自分の翻訳スキルを見直すきっかけになりました。読みやすさ、リズム感、ターゲット読者層への意識、文章の緩急、口語文にそこはかとなく漂う軽いノリなど、「どんなふうに料理してみようか」と言葉の選択や書き込むことに、もっと真剣に取り組むようになりました。
一冊の本を翻訳する行為は持久走に似ています。窮屈な下着は外し、伸縮性の高い部屋着に着替え、ヘアバンドで髪をまとめ上げ、エンピツを耳に挟んで、猫を部屋から追い出し、「私がいいというまで絶対に戸を開けないでくださいね」と『鶴の恩返し』の女のように家の者に告げるのです。そしてカチャカチャカチャ……。
「やっと出来た」と自分の羽を織り交ぜた反物、ではなくて、美しい言葉を織り交ぜた翻訳を心血注いで仕上げた私は、すっかりやせ細っているはずなのに、なぜかふっくらとしているのが残念です。
和田美樹(第434回・501回オーディション作品入賞者)
翻訳ストーリー
幼い時からミッションスクールで英語を学んだ。そして読書が大好きで……と続くのがお約束なのかもしれないが、私は恐ろしく違っていた。二段ベッドのはしごをそりにして階段を滑り降りたり、テレビのちびっこ歌合戦のオーディションを受けたりすることにハマっていた。そして、大好きだったピンクレディーの先生に弟子入りし、歌番組のバックダンサーになる。仲間うちで「将来の夢はカタギの大人」と言うのが流行った頃には、学校の出席日数はもはや壊滅的状態。そこで16歳なりに考えたのが、アメリカの高校に転校して人生をリセットすることだった。
数年後、今度は結婚という冒険で再び渡米した。以来、夫のビジネスを手伝い、子育てもし、カタギの生活を30年近く続けているが、この間、実は、心の中に大きなモヤモヤを抱えていた。オフィスワークも家事も子育ても、私には絶望的に向いていない作業だったのだ。ただ、その中でひとつだけ「ずっとやっていたい」と思える業務があった。それが翻訳だ。
翻訳会社主催のコンテストに日英、英日の両方でひっかかった後、久々に「オーディション」という言葉に引かれ、トランネットに入会。勉強のつもりですべてのオーディションを受け続けるも、まるで3000円+消費税のUFOキャッチャーをしているような、歯がゆい結果が続いた。やっと合格できたのは、持っている本が課題に出るという偶然に背中を押され、逐語訳と意訳のさじ加減を変える勇気がわいた時だった。以来、幅広い分野のお仕事をいただいている。
オーディション合格と仕事のプロセスは、まるで結婚式と結婚生活くらい違う。翻訳の仕事は、労多く功少なく、しかも(うちの場合)家族に不評だ。いつもやさしく見守り支えてくれるコーディネーターさんが唯一の味方である。そしてトランネットがなかったら、こんな私が出版翻訳の機会を得ることなど絶対になかっただろう。トランネットの皆さんには心から感謝している。
月谷真紀(第477回・516回オーディション作品入賞者)
翻訳ストーリー
最初に翻訳家になりたいと意識したのは高校生の時でした。大学は英文科に進み、就職後に翻訳学校で夜間講座を受講。数年後、翻訳者として活動を始めました。
学生時代は文学作品をやりたいと思っていましたが、社会で働き始めるとビジネスに興味の対象が移り、適性もそちらの方にあったのか、マーケティングの本を訳す機会をいただいたあたりからビジネス書の仕事が増えてきました。増えたとはいっても目白押しにやってくるわけではないので、仕事と仕事の間が空きます。そこで、トランネットのオーディションのサイトをのぞくようになりました。
第477回『誰かに教えたくなる世界一流企業のキャッチフレーズ』と第516回『背伸びしない上司がチームを救う』はオーディションでいただいた仕事です。前者は2500以上の企業のキャッチフレーズを収録、裏話などを紹介しています。この本はとにかく調べものが大変でした。既訳があるかどうか確認し、なければ新たに訳すのですが、短く凝縮した表現だけあって商品の特徴やキャッチフレーズ誕生当時の企業の方針や背景を知らなければ訳せません。発表当時のプレスリリースや業界記事を読みあさり、YouTubeでCMを見まくりました。さいわいほとんどのCMがアップされていて、文字情報だけではわからないことも一目瞭然、時間はかかりましたが非常に助かりました。後者は企業の生産性を向上させるためのコツをコンサルタントが短いエッセイ形式で伝授する本。好きなテーマということもあり、職場の人間関係や組織の動き方など、アメリカも日本と案外似ているなぁと純粋に楽しんで訳せました。いずれも約2カ月と短めの納期だったため、時間のやりくりには苦心しましたが。
2冊の本を翻訳するチャンスをくださり、出版社様との連絡の仲立ちや訳文のレビューで翻訳作業の伴走をしてくださったトランネットの皆様に、ここであらためて感謝申し上げます。
佐々木藤子(第504回オーディション作品入賞者)
翻訳ストーリー
最初の訳書を出版したのは10年以上前、翻訳の勉強を始めて間もない頃のことです。雑誌記事の翻訳を何度かご依頼くださっていた編集者の方から単行本の翻訳のお話をいただき、もともと出版翻訳者志望だった私は、二つ返事でお引き受けしたのでした。
ところが、翻訳作業に入ってから痛感したのは、自分には単行本を1冊訳すだけの実力はまだないということ。技術も知識も経験も、何もかもが不足していました。とはいえ、一旦お引き受けした仕事です。若さゆえの体力と気力で実力不足をカバーして、どうにか出版にまで漕ぎつけたのでした。そのとき心に決めたのが、「今回は人のご縁と運だけで訳書を出せた。次に訳書を出すときは、『この仕事は実力で得たのだ』と自分に対して自信を持って言えるようにしよう」ということです。
その後しばらくは、雑誌・ウェブ記事の翻訳や、新たに始めた実務翻訳の分野で経験を積むことに集中してきました。そして数年前、そろそろ出版翻訳の勉強を再開してもいい頃ではないかと、力試しも兼ねて各種コンテストへの応募を開始。やがて、入賞する頻度が増えたのを機に、トランネットに入会しました。
入会直後からオーディションに参加し始めますが、なかなか成績は振るいません。「やはり、まだ実力が足りないのかも。そもそも、出版翻訳に向いていないのだろうか……」と思っていた矢先、今回のオーディションに合格。6度目の挑戦でした。そして、トランネットの皆さんのお力添えのおかげで、十数年ぶりに2冊目の訳書を出版できたのでした。
以上のような経緯から、自分としては今回が本当の意味での出版翻訳者デビューだと思っています。コネやツテなどは一切関係なく、実力で仕事を得られたと思える機会をくださったトランネットのシステムには心から感謝しています。今後はさらに研鑽を積み、目標であるフィクション翻訳の仕事を実力で獲得できるようになりたいと思っています。
岩田佳代子(第505回オーディション作品入賞者)
翻訳ストーリー
わたしが初めて「翻訳」というものを意識したのは、まだ小学生のときでした。本の虫だったわたしに担任の先生が勧めてくださったのが、ローラ・インガルス・ワイルダーの書いた『大きな森の小さな家』シリーズです。恩地三保子さんのすばらしい日本語を読みながら、「外国の人が書いた物語を日本語で読める」ことに驚きを覚えたことが忘れられません。
それから幾星霜……。おかげさまで翻訳のお仕事をさせていただけるようになりました。そして出会ったのがあのかわいい猫の「リルバブ」です。猫が大好きで、けれどもろもろの事情から飼うことができないわたしは、トランネットのオーディション課題でこの原書を見たとき、「絶対に訳したい!」と思いました。そして幸運にも翻訳者として選んでいただけたときは、本当に嬉しかったです。
その後訳出作業に入ってからは、ただただ幸せな時間を過ごすことができました。もちろん、訳語の選択などで悩むことはありましたが、いつも「リルバブ」がそばで見守っていてくれたので、つらい等と感じることは1度もなかった気がします。そしてもう1人、終始支え、励ましてくださったのがコーディネーターさんです。訳文に関するコメントやご教示を頂いたり、出版社さんとの間に入っていろいろと調整してくださったりと、本当にお世話になりました。こうしたコーディネーターさんの存在はとても大きく、これもトランネットの魅力ではないかと思います。担当コーディネーターの方に、この場をお借りして改めてお礼申し上げます。
これからも、かつて自分が感じた感動を1人でも多くの人に感じてもらえる翻訳者になれるよう、日々精進していきたいと思います。
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