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王子玲子(第159回Job Shop入賞者)


翻訳ストーリー

 これは、ある新人実務翻訳者の経験談である。彼女は心の準備も覚悟も経験もないままにJob Shopに応募し、訳者に選ばれるという非現実的な期待が現実のものとなるや、大海原に泥船で漕ぎ出すが如く動揺し、平常心喪失、思考回路停止、さらに英字のゲシュタルト崩壊を来し、ただただ関係者の皆さまを泥船の道連れにはすまいという悲壮感と、スコットさんとクララさんの思いを伝える大役を仰せつかった重責を果たさねば! との切羽詰まった思いで髪振り乱した末に、やっとこさ目的を果たすことができたのであった。
 当初は仏語の翻訳を考えていた。だが英語に比べて需要が少ない。ならば手始めに英語の翻訳を、と実務翻訳の講座説明会に参加。そこで紹介された医学薬学講座が面白かった。でも文系には無理かな……そこに講師のひと言、「文系でも大丈夫。私も文系出身です」。
 出版翻訳には興味がなかった、と言えば嘘になる。夫の仕事でパリに滞在中、田舎の月刊誌に日々の生活についてつらつら思うことを書いていた。たかだか原稿用紙二枚分という限られた文字数で伝えたいニュアンスを表せる言葉をあれこれ考える作業が楽しかった。原文という縛りがあるなかでしっくりくる言葉を探す翻訳という作業もそれと似ている。ただ、わずか数カ月で一冊を訳しきるなど考えただけで寿命が縮む。こうして実務翻訳に照準を定めたが、どのみち寿命が縮むことに変わりなかった。当然だ。この歳で(どの歳かは内緒)医学分野の翻訳を目指すのだから。ストレスによる顔面痙攣で文字通り顔を引きつらせながら、受講料の元を取るまでやめるもんか! と損得勘定に支えられて受講を終了。少しずつ仕事をいただき始めた頃に、練習がてら応募したのがこのJob Shopであった。たどった経過は冒頭のとおり。だがこれだけは忘れまい。私が溺れずに済んだのは、ひとえに関係者の方々の寛大な励ましの言葉と並々ならぬ忍耐のおかげ、これに尽きるのである。

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