トランネット会員の翻訳ストーリー
倉地三奈子(第169回Job Shop入賞者)
翻訳ストーリー
英国に暮らして早四半世紀が経つ。出版翻訳には以前から漠然とした憧れを抱いていたものの、どこから手をつけてよいものやら検討もつかず、「いつかそのうち……」と思い続けていた。
2020年3月、ロックダウン突入。いつまで続くか分からない状況に不安を覚えながらも、持て余す時間を有効活用しようと気持ちを切り替えたとき、挑戦を決めたのがトランネットのオーディションだった。まずは自分の実力がなんぼのものか、試してみたかったのだ。
とはいえ経験ゼロの世界。翻訳を勉強したことはなく、「『申し送り』って何だろう?」というレベルからのスタートだ。見よう見まねで課題をこなし結果を待つと、思いがけず最終選考に残ったとのご連絡をいただいた。訳者には選ばれなかったが、「チャンスはあるかも」と調子づくには十分だった。もちろんそれほど甘いものではなく、その後のオーディションでも何度か出版社にご推薦いただいたが、山頂にはなかなかたどり着けない。
「地道に経験を積んでいこう」と思っていた矢先に出たのが、このJob Shopの課題だった。フィンランド人イラストレーターの画集で、その優しい画風に惹かれたのもさることながら、読んだとたん「ああ、この人の絵にかける思いを伝えてあげたい」と強く感じるものがあった。この本を私に託してくださった出版社の方には、心からお礼を申し上げたい。
これまで主にテレビ業界でキャリアを積み、その道では自信と余裕をもって仕事をしているが、初めての出版翻訳では久々に新人気分を味わった。書式から納品の手順まで、コーディネーターの方には手取り足取りご教示いただいた。
A blessing in disguiseというが、ノブに手をかけることすらためらっていたドアを思い切って開いてみるきっかけを、パンデミックが与えてくれた。今後も努力を重ねながら、さまざまなジャンルに挑戦していきたい。
冬木恵子(第635回オーディション入賞者)
翻訳ストーリー
在宅仕事で普段から籠り気味とはいえ、緊急事態宣言やら外出自粛やら、予想もしなかった事態でさすがに気持ちが沈みかけた頃、いつかは取り組みたいと思っていた歴史系ノンフィクションが、オーディションにかかりました。課題を読んでいると、それまで感じたことのない「頑張ればいけるかも」という謎の自信が湧きおこり、思い切って応募し、訳出指定箇所周辺の翻訳も勝手に進めながら結果発表を待ちました。競争で選ばれたのは初めてだったので、現実だと認識できるまで、連絡メールを何度も読み返してしまいました。Web会議ツールを利用した講座や講義がコロナ禍で急増したのは皮肉ですが、聴講の機会をたくさん得られたのが、合格やその後の翻訳作業に大いに役立ったと感じています。
もくじは見ていたものの、実際に全体の原文が届くと思いの外内容も時代も広範で、ある意味ノンフィクション翻訳の醍醐味でもある調べ物ざんまいの日々でした。疑問点はコーディネーター様や編集者様と何度も相談して解決し、仕上げていきました。
もともと英語は好きで、学生時代は映画字幕翻訳者を夢見たりもしましたが、書籍の翻訳に興味を覚えたのは、アメリカで出産・子育てをするうちに、たくさんの素敵な英語の絵本に出会ったのがきっかけです。帰国後に通信教育で勉強を始めたものの、絵本や児童書の翻訳はそう簡単ではありません。少しずつ、様々な分野のお仕事をいただきながら、自分の文体や得意分野を生かせるものはなにか、自分はなにがしたいのか、とあらためて考えていたところに「降りて来た」とすら感じられたこの作品が、大学で歴史学を専攻していたわたしに、できないことでくよくよするよりできることに自信を持て、と言ってくれたような気がしています。
これからもさまざまな情報を吸収しながら勉強を続け、多くの方に楽しく読んでいただけるような、興味深い作品の翻訳に携われたらと思っています。
颯田あきら(第631回・第358回オーディション入賞者)
翻訳ストーリー
『シンデレラとガラスの天井』は誰もが知る古典的なおとぎ話をフェミニズムの視点からアレンジしたパロディ作品です。オーディション課題を一読してすぐ「これはおもしろい、ぜひやりたい!」と思いました。しかし、合格の通知をいただき、いざ訳すとなると……なじみの薄い口語的表現、パロディならではの言い回しや小ネタ等につまずきまくり、コーディネーターさんを始めとする皆さまのお力添えのおかげで、なんとか最後までたどりつくことができました。
シンデレラに白雪姫、人魚姫に眠り姫、親指姫にラプンツェル等々、本作品に登場するのは本や映画でなじみの人物ばかりです。どれも子ども時代に楽しく読んだ物語ですし、きれいなディズニー映画はいまでも好きですが、現代人として冷静に考えれば、「本当にそれでいいの……?」と首をひねる箇所が少なからずあります。そうした古い価値観に笑いという形を用いて一石を投じる作品に関われたことをとても嬉しく思っています。
振り返ってみれば、出版翻訳者を志してから、すでに20年以上。デビューまでにはずいぶん時間がかかりました。TranNetさんのオーディションにも応募をくり返し、その大半は残念な結果に終わっています(幸いにして何度かはお仕事の機会に恵まれましたが)。そんなわたしでも、現在、細々ながら翻訳の仕事をしていられるのは本当にありがたいことです。もう中高年ではありますが、平均寿命がのび、人生100年時代という言葉も聞かれるようになったいま、老後の不安ばかりにとらわれず、まだまだ夢も持っていたいと思っています。そのひとつは自分が心から「これはすばらしい!」と感じた作品を1冊でも多く訳すこと。それが実現できるよう今後も地道にがんばっていきたいです。
佐伯花子(第640回オーディション入賞者)
翻訳ストーリー
翻訳という仕事に興味をもちはじめたのは、高校生のころです。「本が好き」「英語が好き」といった理由に加え、「子どもが生まれたり、住む場所が変わっても、ずっと続けられる仕事をしたい」と思ったからです(在宅勤務は今でこそ普及してきましたが、当時はそれほど多くありませんでした)。子育てのかたわら、自宅でピアノ講師や翻訳者として仕事をする母や姉の影響があったのかもしれません。
普段はソーシャルメディアやゲームの翻訳をしています。しかし、翻訳者を目指す理由のひとつに「本が好き」という思いがあったため、書籍翻訳をしたいという気持ちは常にありました。そんな中、娘を出産して数か月が経ったころに『2 Minutes to Confidence』のオーディションに出会いました。育児休業中で翻訳現場から遠ざかっていたこともあり、「当たって砕けろ」の精神で挑戦しました。本を読むことすら久しかったので、そんな自分でも簡単に読みすすめられる、わかりやすい訳文を意識しました。それが功を奏したのか、ご縁をいただき、本書の翻訳を担当させてもらえることになりました。
「子どもが生まれても続けられる仕事をしたい」という思いで翻訳者になった私が、第一子の出産直後に念願だった書籍の仕事をいただいたことに、運命すら感じました。しかし現実には、赤ん坊を寝かしつけてから深夜遅くまで、あるいはまだ腰も座らない赤ん坊を抱きかかえながらパソコンに向かって作業するのは、想像以上に大変でした。こうした状況を理解し、翻訳に関する疑問はもちろん無理のない作業スケジュールについても相談に乗ってくださったトランネットの皆さんには、感謝の気持ちしかありません。
いざ夢がひとつ叶うと、次は「もっと原文のニュアンスを拾えるようになりたい」「表現の引き出しを増やしたい」といった欲がさらに出てきました。これからも仕事や家庭を両立しつつ、素敵なご縁をいただけるよう、日々邁進していきたいです。
清水玲奈(第171回イタリア語Job Shop入賞者)
翻訳ストーリー
『ビジュアルデザイン論』は、「すべてのものは視覚的に情報を伝える、つまりビジュアルデザインである」という主張のもと、イタリアの気鋭のデザイナー・作家であるリッカルド・ファルチネッリがパスタから地図まで、北斎からディズニーまで、知的謎解きをしていくという本だ。英語、フランス語でも仕事をしている私にとっては初のイタリア語書籍翻訳だっただけではなく、内容的にも大いに刺激を受けた思い出深い一冊になった。本好きな私がとりわけ興味を惹かれたのは、グーテンベルクの印刷術から電子書籍まで、本の歴史を詳しく論じていることだ。
AIが登場した当初「やがて翻訳者はいらなくなる」と言われ、同じ頃、本や書店が消える日も遠くないと言われた。でも最近になって「著者が言いたいことをくみとって文章を作る」という優れた翻訳者の仕事はAIにはできないと言われるようになった。また、コロナの流行によってイギリス人は読書量が増えたし、出版・書店業界も好調だ。
私は6歳の娘とともに絵本が好きで、ブログ「清水玲奈の英語絵本深読み術」では毎回絵本一冊を取り上げ、一部を引用して対訳しながらその魅力について書いている。『ビジュアルデザイン論』にもいくつかの絵本が登場し、私が敬愛するブルーノ・ムナーリの仕掛け絵本『きりのなかのサーカス』はとりわけ詳しく論じられている。今では絶版の谷川俊太郎訳を持っていたおかげで助かり、このお仕事とのご縁を感じた。
翻訳作業のさなか、イギリスはロックダウンに入り、昼間は娘のリモート学習のサポートと外遊びのつき合いをする日々になった。シングルマザーの私にとっては、朝4時に起きてわくわくしながら机に向かい、新しいページの翻訳を進め、息抜きに絵本ブログを書くひとときは、かけがえのない静かな時間だった。そして夜は娘と一緒に絵本を読んで穏やかな気持ちで早寝した。困難な日々を乗り切ることができたのは、本と翻訳のおかげだった。
『ビジュアルデザイン論』の著者は「未来の作家はどんな本を書くのでしょうか」と問いかける。本と翻訳の明るい未来を思いながら、私は今日も新しい本の翻訳を進めている。
浅野美抄子
翻訳ストーリー
子どものころから英語が好きで、外国の文化に憧れを感じていたので、本やテレビなどを通して、いつも何らかの形で英語や英語圏の文化にふれていた気がします。学生時代に初めて海外に行き、イギリスでホームステイを経験したことで、その憧れはますます強まりました。卒業後に海外と取引のある会社で働き、仕事でいろいろな国に行く中で、その憧れはより身近で現実的なものになったように思います。
翻訳に興味をもったのもそのころです。でも、翻訳学校に通ったり通信講座を取ったりしたものの、なかなか仕事には結び付きませんでした。その後、配偶者の仕事のためアメリカとベルギーで生活したり、子どもが生まれたり、と暮らしの変化がある中で、断続的になりながらも翻訳を続けてきたのは、やはり英語が好き、外国の文化が好き、という子どものころの気持ちがずっと心にあったからだろうと思います。
初めてトランネットのオーディションに合格したときは、天にも昇るような心地でした。その後ありがたいことに何回かお仕事をいただき、昨年は自分の好きなディズニー関係の書籍を翻訳する機会にも恵まれました。ボリュームがあり、調べなければならないことも多くて大変でしたが、好きなジャンルということもあってとても楽しい仕事でした。
翻訳をしたいと思い立ってかれこれ20年ほど、カメのようにゆっくりとした歩みで続けている翻訳生活で、歩いてきた道を振り返るとへこむこともありますが、好きなことなのでやめられません。これからも、英語の世界を日本語の世界に置きかえるという奥の深い作業を通して、異なる文化に親しんでいけたらと思っています。
田村加代(第638回オーディション入賞者)
翻訳ストーリー
翻訳を志したきっかけを30秒で答えるなら、「当地オーストラリアで、子どもが小学生の頃、毎週、保護者ボランティア活動の帰りに図書室で本を借りては、家で子どもと一緒に読みました。その中には日本の子ども達に読んでほしいと思う作品もあって、邦訳がないなら私に翻訳できないかしら、とふと思ったのですが、その後忙しくなり、いつの間にか月日が経ち、子育て終了を前にして、これから何をしようと悩んでやっと決心しました」
実を言うと、自己啓発書は、これまで、翻訳学習のテキストのほかは馴染みの薄かったジャンルです。しかも、今回翻訳のチャンスを頂いた『ELEVATE』の著者はビジネス界の成功者なので、別世界の人のように思えて、本当に私が訳してよいものか急に不安を覚えたりしました。でも、著者の気さくな人柄をうかがわせる言葉に託された、ごく普通の日常の経験から生まれた人生訓に毎日向き合い、それを日本語にしていくうちに、私自身が勇気づけられ、原文の内容に励まされながら訳出する、という不思議な体験をすることになりました。
私は、「異文化をつなぐ人になる」と人生の早い時期に決めたものの、(バブルの時代に)外資系銀行に勤めたり、先住民アートの勉強にオーストラリア留学したりと紆余曲折。『ELEVATE』は、そんな読者にも、人生の道筋の見極め方を指南し、精神、知性、身体、感情の4領域を徐々に錬えながら常に次の段階に挑戦し続けるよう、背中を押してくれます。
「オーディションに合格したのは嬉しいけれど、本1冊訳すなんて大変なことになってしまった」という動揺は、これからも多くの方が経験されると思います。でも大丈夫、トランネットのスタッフの皆さんがついていれば怖くありません。コーディネーターの方が質問に丁寧に答えて下さり、まるで隣に座ってサポートして下さっているようで、安心して取り組めました。色々な意味での素晴らしい出逢いに感謝しています。
平田三桜(第164回Job Shop入賞者)
翻訳ストーリー
昔から憧れはあるけれど、真剣に向き合うのが怖い――それが私にとっての翻訳という仕事でした。
子どもの頃から物語を読むのが大好きで、幼少期にアメリカに住んでいたため、洋書もたくさん読みました。大学では英米文学を専攻し、翻訳という仕事を意識し始めました。しかし、関連する授業を受講し、短期で翻訳学校にも通ううちに、それまで感覚でごまかしてきた文法理解などは通用しない上、英語と日本語のどちらも語彙力や知識が不足しているなど、自身があらゆる面で未熟であることを思い知ったのです。
そこで、まずは社会勉強したいと考え、時には国境を越えながら、様々な経験を積みました。そうした中で、まずは挑戦してみようという行動力、やはり英語や本が好きだということの再認識、そして今後の人生において長く続けられる仕事がしたいという展望を得ることができ、ついに、再び翻訳と向き合う決心をしました。
その後、翻訳家を目指して試行錯誤している中で出会ったのがトランネット様でした。そして何度かJob Shopへの応募を繰り返し、やがて『Earth Frequency』の翻訳のお仕事をいただけたのです。
初めての出版翻訳は、やりがいはあるものの大変でした。分量も調べものも多く、朝から晩までひたすら翻訳する日々が5か月間ほど続き、時に煮詰まって奇声を発したりもしましたが(笑)、主人をはじめ家族の支えもあり、なんとか完遂することができました。
このような得難い体験を経た後は、翻訳の勉強がさらに楽しくなり、より多種多様なものに触れて知識を吸収し、実際に手と頭も動かし、あらゆる翻訳に挑戦してみたいと思うようになりました。
幸運なことに、最近はインターネット雑誌や絵本などの翻訳の機会もいただき、少しずつ経験を積んでおります。まだまだ未熟ですが、一生成長し、技術を磨いていくことができるこの魅力的な仕事のために、今後も日々楽しみつつ精進してまいります。
宮澤春子(第625回オーディション入賞者)
翻訳ストーリー
翻訳者を目指そうと思い立ったのは、長男の出産と転居を機に退職した10年以上も前のことです。とはいえ、多少勉強してみれば、翻訳という仕事の難しさや自分の力量不足に気づかざるを得ず、ずっと翻訳業界を外から眺めて過ごしていました。
一念発起したのは2019年の夏。1年頑張って、仕事の芽が出なければ別の仕事を探そう。そう決めてトランネット様にも登録し、何度目かに参加させていただいたのが『カトゥラン・オデッセイ』のオーディションでした。
本書はワオキツネザルの少年の旅と成長の物語で、ジャンルは児童文学になるはずです。
正直、児童文学には苦手意識がありました。原書の雰囲気を壊さず子ども向けの易しい文章に訳すのは非常に難しいと感じていたからです。
実際、課題文を自分なりに訳してみると、易しくない言い回しがちらほら……。ただ、最後まで訳してみたい欲も捨てがたく、万にひとつの運にかけて訳文を提出しました。
合格のお知らせをいただいたときの驚きと興奮は、今も忘れられません。もともと一般向けの訳をご要望だったとのことで、幸運に心底感謝したものです。
本書の翻訳作業が始まった2020年春、世の中はコロナ禍に突入。一斉休校で学年末を迎えた我が家の子どもたちは、新学期に入ってもしばらく自宅に缶詰めでした。プリント、授業動画、ZOOM授業に戸惑う子どもたちの横で、母親の私も初仕事に四苦八苦することになりましたが、今思えば仕事を理解してもらういい機会にもなりました。
現在は、産業翻訳(ITマーケティング)のお仕事をしつつ、書籍のお仕事の機会をうかがっております。本書の後、もう1冊書籍翻訳に関わる機会がありましたが、1冊通して翻訳する面白さと充実感は一種独特なものがあります。まだまだ未熟な身ですが、次の1冊を目指して地道に頑張ろうと思っております。
中野眞由美
翻訳ストーリー
わたしが翻訳者を志すきっかけになったのは、前職でハリー・ポッター関係の仕事をしたことでした。当時は日本語版が3巻まででていて、4巻は原書はでているけれど、日本語版の発売日は未定という状態でした。仕事の都合上、急ぎで3巻までは読んだものの、先が気になって仕方がない。そこで、思い切って原書に挑戦しました。
それからというもの、原書を読む楽しさにすっかりはまり、あれこれと読みあさるようになりました。まだ日本のアマゾンでは洋書の取り扱いはなく、アメリカのアマゾンから購入していたと記憶しています(ずいぶん昔なので記憶違いかもしれませんが……)。最初はまだ翻訳家を目指そうと思っていたわけではなかったのですが、そのうち「これは日本語でどう訳されているのだろう?」と気になりはじめ、日本語と照らし合わせて読むうちに、本格的に翻訳の勉強をしようと思い立ちました。
ところが、翻訳の勉強をはじめたものの、なかなか仕事につなげることはできませんでした。最初はリーディングでもなんでも、声をかけていただいた仕事はよほどのことがない限り断らないようにして、とにかく実績を作るようにしていました。
ようやくぽつぽつとお仕事をいただけるようになりましたが、それでも、日々実力不足を痛感しています。仕事となれば当然ながら納期があり、好きなだけ時間をもかけることはできないので、時間とたたかいながら最善の訳をするしかありません。そのため、少しでも早くいい訳ができるように、毎日時間を決めて勉強を欠かさないようにしています。目標は、昨日の自分を超えること。翻訳の勉強に終わりはないのだと、肝に銘じています。
※中野様には他にも共訳書がおありです。
王子玲子(第159回Job Shop入賞者)
翻訳ストーリー
これは、ある新人実務翻訳者の経験談である。彼女は心の準備も覚悟も経験もないままにJob Shopに応募し、訳者に選ばれるという非現実的な期待が現実のものとなるや、大海原に泥船で漕ぎ出すが如く動揺し、平常心喪失、思考回路停止、さらに英字のゲシュタルト崩壊を来し、ただただ関係者の皆さまを泥船の道連れにはすまいという悲壮感と、スコットさんとクララさんの思いを伝える大役を仰せつかった重責を果たさねば! との切羽詰まった思いで髪振り乱した末に、やっとこさ目的を果たすことができたのであった。
当初は仏語の翻訳を考えていた。だが英語に比べて需要が少ない。ならば手始めに英語の翻訳を、と実務翻訳の講座説明会に参加。そこで紹介された医学薬学講座が面白かった。でも文系には無理かな……そこに講師のひと言、「文系でも大丈夫。私も文系出身です」。
出版翻訳には興味がなかった、と言えば嘘になる。夫の仕事でパリに滞在中、田舎の月刊誌に日々の生活についてつらつら思うことを書いていた。たかだか原稿用紙二枚分という限られた文字数で伝えたいニュアンスを表せる言葉をあれこれ考える作業が楽しかった。原文という縛りがあるなかでしっくりくる言葉を探す翻訳という作業もそれと似ている。ただ、わずか数カ月で一冊を訳しきるなど考えただけで寿命が縮む。こうして実務翻訳に照準を定めたが、どのみち寿命が縮むことに変わりなかった。当然だ。この歳で(どの歳かは内緒)医学分野の翻訳を目指すのだから。ストレスによる顔面痙攣で文字通り顔を引きつらせながら、受講料の元を取るまでやめるもんか! と損得勘定に支えられて受講を終了。少しずつ仕事をいただき始めた頃に、練習がてら応募したのがこのJob Shopであった。たどった経過は冒頭のとおり。だがこれだけは忘れまい。私が溺れずに済んだのは、ひとえに関係者の方々の寛大な励ましの言葉と並々ならぬ忍耐のおかげ、これに尽きるのである。
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