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原題 Starry Night: Van Gogh at the Asylum
著者 Martin Bailey
分野 芸術/伝記/作品集/ファン・ゴッホ
出版社 White Lion Publishing
出版日 2018/8/27
ISBN 978-0711239203
本文 本書は耳切り事件を起こした後、南仏アルルの「黄色い家」に戻れなくなったフィンセント・ファン・ゴッホが、アルルから20キロ程北にあるサン=レミの療養所にて心身の回復に努めた時期(1889年5月~1890年5月)に焦点を当てたものである。療養所の見取り図を始めとする詳細な資料、手紙、作品が120枚もの画像として掲載されており、ファン・ゴッホの最期の日々を鮮やかな作品とともに振り返ることができる。

各章の順番は時間の流れに基づいているが、それぞれが異なるテーマや出来事を扱っている。著者は、最初にファン・ゴッホを精神的、経済的に支え続けた弟のテオとの兄弟愛について解説している。ファン・ゴッホを研究するうえで、テオ宛ての手紙が多くのことを教えてくれるが、療養所のことはあまり書かれていなかった。ファン・ゴッホは療養しながらも、療養所の一室をアトリエとして使用する許可をもらい、病室から見えるオリーブ畑や糸杉、肖像画などを描いていたのだ。この時期のファン・ゴッホは、実物そっくりに見せるのではなく、自由な自発的デッサンで自然を描くことに集中していたようだ。

なかでも、病室から見た夜空を描いた『星月夜』はファン・ゴッホの代表作の一つに数えられており、本書の表紙にも使用されている。夜空に描かれた天の川のうねりは、傾倒していた葛飾北斎の『冨嶽三十六景』「神奈川沖浪裏」の波のうねりから影響を受けたと考えられる。別の箇所にも、北斎がファン・ゴッホに与えた影響が語られており、日本人読者としては大変興味深いところだ。また、この時期のファン・ゴッホは、以前に描いた自分のエッチングなどに、色を付けており、両者を対比させているページも大変興味深い。

ファン・ゴッホは療養所を出たあと、オーヴェル=シュル=オワーズに移り、そこでこの世を去っている。本書はファン・ゴッホの最期の日々を作品と共に振り返るものであるため、美術ファンのみならず、ファン・ゴッホの人生に興味のある人なら誰でも楽しめるだろう。