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原題 TASTE
著者 Sarah E. Worth
ページ数 240
分野 哲学・美学・食品・歴史
出版社 Reaktion Books
出版日 2021/10/11
ISBN 978-1789144802
本文 私たちは、日々生きるために食べ物を食べている。そして少しでもおいしい食事を食べるため、材料を選び調理している。こうした日々の営みを、アリストテレス、カントデカルト、ヒュームなどの哲学家・思想家たちの概念を通して論じた一冊。日常生活では重要な「味覚」を、西洋哲学は低級な感覚と認識し、注意を払ってこなかった。しかし、哲学者の著者はこの考えを覆そうとしている。食は人間の基礎的な部分の一つであり、食には多くの側面がある。そして、人間自身が自らの存在について考える際、「食」がどれほど影響しているかを本書で示す。

「味覚」を意味するTASTEという言葉は、哲学的や美学的文脈では、「趣味」である。つまり、物事や芸術作品などの味わいを読み取る能力や、思考、審美眼の意味にもなる。また、西洋哲学では、心と体は別のもので心の方が上という考え方があり、そこから、体の感覚である味覚は五感の中でも下の感覚とみられていた。
哲学者のミルが、知的快楽はほかの低級な快楽よりも望ましいと論じていたので、食のもたらす快楽も低級なものと考えられていた。
スローフードは、資本主義がもたらした画一的な味と低価格を追求するファストフードの対局として、1986年ごろからイタリアで始まった。マクドナルドのスペイン広場への出店に対する反発がきっかけだった。スローフード運動は人々に、生産地や季節の違いによって、乳製品や野菜の香りや味に変化があることを教えようとした。また、新鮮で健康的な(GOOD)、環境に負荷をかけない(CLEAN)、生産者に正当な対価が支払われる(FAIRE)食べ物を食べるべきだとしているので、実行するには経済的変化やライフスタイルの変化が必要となってくる。
 スローフードの掲げる(GOOD,CEAN,FAIR)な食べ物は、理想としては素晴らしいが、資本主義のもとでは広まりにくい。どうしても生産地や食品添加物、賞味期限などの偽装が頻繁に起こる可能性がある。偽装(FRAUD)と真正性(AUTHENTICITY)は食品に関する問題でもあり、美術の世界の問題でもある。
 フードポルノは、料理や食事風景を魅力的に撮影し、見る人の食欲を掻き立てる写真や動画や動画のこと。現在インターネット上には、現実の味よりもおいしそうに見える数多くのフードポルノがあふれ、実際に食べてみた時に失望を味わうことがある。
 レシピ集は、単なる料理の作り方を集めているだけではなく、何を食べるべきで、何を食べるべきではないかという、著者のイデオロギーの側面も持つ。また、個人のレシピは著作権でどの程度守られるべきかという難しい問題にも触れる。
味覚・食について、科学以外のさまざまな角度から考察する一冊だ。