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原題 THE SEA
著者 Richard Hamblyn
ページ数 240
分野 自然・歴史・環境・芸術
出版社 Reaktion Books
出版日 2021/09/13
ISBN 978- 1789144871
本文  海。すべての生命の源。海は私たちの心の中に様々な思いを引き起こす。郷愁の念。畏敬の念。解放感。心理学者のカール・ユングは僚友フロイトとともに船で大西洋を渡ったときに日記に次のように記している。「海は音楽のようだ。心の夢をすべて包み込みあたり一面に響き渡らせる」二人は海の美しさと壮大さに大いに感銘を受け、帰路の航海を首を長くして待ち望んだ。
  しかし海は私たちを戸惑わせることもある。「太平洋」の「洋(ocean)」と「地中海」の「海(sea)」は明確に定義されているが、カスピ海はつい最近まで「海」なのか「湖」なのか明確な規定がなかった。そこにはカスピ海沿岸各国の外海へのアクセスと天然資源をめぐる様々な思惑が絡んでいるのだが、2018年に到達した申し合わせでは「海」とも「湖」とも定義されず各国の排他的な水域を定めるのにとどまった。
 海はまた人々が行きかったり活躍する舞台でもある。ホメーロスの叙事詩『オデュッセイア』の主人公オデュッセウスにはトロイア戦争後の長い苦難の航海が待ち受けていたし、バイキングたちにとって海は富と栄光をもたらす場所だった。奴隷船が行きかうのも飢餓や政治不安から逃れようする難民が渡ってくるのも同じ海である。
 海は地表の70%を占めているが、人間が足を踏み入れたのはそのわずか5パーセント程度しかすぎず、200万種にも及ぶ未発見の生物がいると言われている。探索を阻んでいるのは海の深さであるが、最近は技術の進歩により新しい発見が見込まれている。例えば日周鉛直移動は最近の発見である。夜になると深度1キロメートル周辺の「トワイライトゾーン」にいる生物がもっと浅い「サンライトゾーン」に移動して餌になるプランクトンを摂取する。その量たるやおよそ35億トン、地球上の全人類の総体重の8倍だという。そして、夜明けとともにこれらの生物は深海へ戻ってくのだ。
 海は自然科学の対象であり、探検の対象であり、また芸術活動の対象でもある。本書は海を様々なアプローチで分析・解析したわかりやすい入門書だ。各ページには関連の写真やイラストがちりばめられ、読者の理解を助けてくれる。海に関する幅広い話題を収めた、読者の知的好奇心を大いにくすぐる一冊である。