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原題 SHIFTING CURRENTS
著者 Karen Eva Carr
ページ数 456
分野 歴史、考古学、社会問題
出版社 Reaktion Books
出版日 2022/05/16
ISBN 978-1789145786
本文 世界の諸地域における生活文化としての水泳の歴史をたどり、水泳の盛衰および国や文化的勢力よる支配・排除との関係を考察した一般向け歴史書。

多数の図版を交え、遺跡、伝承、絵画、書物などから伺える各地の歴史的な水泳習慣、水とのつきあい方から、時代による盛衰、地域的差異、集団間の関係、文化的・社会的意味づけを考察する。

著者は世界の勢力図の推移と水泳の盛衰の関係をひもとき、水泳が強者による支配の口実に使われたり排除の場となったりしてきた歴史が、現在にも少なからず影響を与えていると指摘する。

現在世界中で水泳離れが進んでいる。ヨーロッパで古くから水泳と結びつけられてきた信仰、衛生、性道徳、人種差別、性差別、水難や危険生物などについての意識は多少の変化を経ながらも根強く残り、さらには障害者や性的マイノリティに対する差別までもが複雑に絡みあい、この状況を作り出したと筆者は考えている。白人優位社会の影響で、かつては泳ぎが得意だった植民地化や奴隷化の対象とされた人々の間でも水泳離れが広がり、現在では水辺の楽しみや水泳能力の有無に社会格差が反映されるようになっている。真の脱植民地化のためには水泳と力関係の結びつきを断つことが必要だと筆者は訴える。

日本についても随所で触れられており、武士の資質として泳力が重視されたこと、プールやビーチで北米では有色人種として差別され、国内では在日韓国・朝鮮・中国人を差別していたこと、水泳が日本国民の強さと独立性、文明人・白人の仲間であるしるしと捉えられてきたことなどが示されている。

一般的な日本の読者にとっては、水泳は身近スポーツのひとつであり、海水浴などの水辺の遊びについても普段あまり深く考えることはないだろう。むしろスポーツやレジャーとしての楽しさや清々しさといったイメージを思い浮かべるかもしれない。しかし本書を読めば、水泳にはさまざまな意味が付与されてきた複雑な歴史があること、差別や格差の問題とも結びついていることを知ることができ、目が開かれる思いをするだろう。