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原題 Off the Ground
著者 JR Moores
ページ数 320
分野 音楽、伝記
出版社 Reaktion Books
出版日 2024/11/11
ISBN 978-1789149425
本文  1970年、ポール・マッカートニーは自身のデビューアルバムの発表の場でビートルズからの脱退を表明した。ビートルズは正式に解散し、メンバーはそれぞれの道を歩くことになった。
 1970年代、ポールはスコットランドに引きこもり傷をいやしながら音楽活動を継続したが、メディアへの登場を控え、余計なことにはかかわらない姿勢を保った。一方ジョンはオノ・ヨーコとの「ベッドイン」に代表されるようにリポーターたちの前に現れることをいとわず、神経質だが野心的でラジカルな政治的指向を持ち、そっけなく率直なイメージを広めていった。それに対しポールのイメージは保守的、感傷的であり、彼のメロディーの親しみやすさはレノンから「おばあちゃんの音楽」と揶揄されたこともあった。ジョンは1980年の暗殺以降ますます偶像化され、その存在は世間から好意的に受け止められたのに比べ、ポールは音楽的にもあまり評価されず不遇の日々を送った。
 1990年代はポールにとって最良の時代になった。1960年代に始まる彼のキャリアの中でももっとも重要な10年間だったといってもよい。静かで不確かだった80年代に対して、マッカートニーはこの時期、エネルギーに満ち、雄々しく飛ぶ鳥を落とす勢いでシーンに再浮上し、これが50代になり安穏と惰眠をむさぼっていたとしても何の不自由もないロックスターがやったり考えたりすることなのだろうかと周囲をびっくりさせたのだ。当時イギリスを、いや世界を席巻していたブリットポップやグランジミュージックとは一線を画しながら、「オフ・グランド」、「フレイミング・パイ」など心に残るスタジオアルバム、ライブアルバムの制作、数々の大ツアーの敢行、突発的なサイドプロジェクトや想像力に満ちたコラボレーション、クラシック音楽の作曲、ビートルズの遺産の再編さん(「ビートルズアンソロジー」3部作)など、分野を超えた様々な活動が彼の評価を過去20年間よりもより寛容なものに変えていった。この時期こそ本当のポール・マッカートニーが作品や活動を通じて明らかになった10年間であることは間違いない。本書ではその10年間を詳細にたどり、彼の素顔に迫ろうという試みである。世間から悪女のレッテルを貼られた妻リンダはポールに寄り添い常に情熱を送り続けた。彼女の死後、制作されたアルバムとその後のワールドツアーは彼が動きを止めていないことを証明した。そして今、80を超えたポールはその動きを止めるのだろうか。いまだに乗馬を楽しみ、三角倒立をこなすポールにその兆しは見えないようだが……