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原題 Kanpai
著者 Eric C. Rath
ページ数 352
分野 歴史/文化人類学/民俗学/お酒・グルメ
出版社 Reaktion Books
出版日 2025/10/01
ISBN 978-1836591159
本文 日本文化の中で長く親しまれてきた日本酒。だがその歴史について訊かれたとき、細かく答えられる人はそう多くはないだろう。本書は、日本酒の起源から始まり、近現代への移行とともに日本酒が果たしてきた役割とその影響を様々な角度から探る。

本書では、日本酒にまつわる文献や、日本酒に馴染みのある読者から酒初心者まで楽しめるほど豊富な逸話の数々が淡々とつづられている。長く日本の食文化を研究してきた著者ならではの、幅広い分野・種類の文献を巧みに用いて軽快に辿る日本酒の歴史に読者は引き込まれるだろう。

また、その過程で、著者は酒にまつわる俗説も積極的に検証している。例えば日本酒の起源の一つとして広く信じられている「口噛み酒」について、その仮説を裏付ける資料の乏しさを指摘する。そのうえで、「口噛み酒」はメディアで女性の性的客体化にも使われてきた、と著者は論じる。こうした酒を取り巻く文化に関する多岐にわたる分析は、読者の思考を刺激する。

本書の内容は、日本における日本酒の歴史を辿るにとどまらず、海外、特に北アメリカでの日本酒醸造の歴史と北米向けマーケットの拡大についても掘り下げられている。海外在住の日本人や日系移民が自らのコミュニティーのために酒の製造を始めたケース、北米マーケットを意識したローカライズに関する歴史など、広くカバーしている。

職人技の領域として語られる日本酒の世界。著者は丁寧にその背景をひもといていく。日本酒の宗教的な役割と初期の起源、中世・近世における酒にまつわる法や逸話。近代日本で一産業として発展した酒造業を支えた技術の発展と職人の枠組み。明治維新以降の製造過程の変化と、日本酒の流行らない戦後を乗り越えてのどぶろくと地酒の復権。歴史や政治、法制度、文学など多層的な視点から日本酒の歴史の舞台裏をのぞく、ちょっとしたツアーに参加するような喜びが本書にはある。