ブックレビュー
| 原題 | Fast Forward |
|---|---|
| 著者 | Craig Leddy (Author) |
| ページ数 | 240 |
| 分野 | 企業/経営/マーケティング、インターネット/ネットワーク/通信、メディア/マスコミ |
| 出版社 | Koehler Books |
| 出版日 | 2025/10/21 |
| ISBN | 979-8888248645 |
| 本文 | ネットフリックスもアマゾンも存在しなかった30年以上前、テレビを「魔法の箱」に変える壮大な実験が行われた。50億ドルを投じたフル・サービス・ネットワーク(FSN)計画である。立役者は二人。巨大メディア・コングロマリット、タイム・ワーナーCEOのジェリー・レヴィン。対するは、実利派の「ケーブルテレビ界のカウボーイ」、TCI会長ジョン・マローン。マローンの「500チャンネル時代」という現実的戦略に対し、レヴィンは「完全双方向テレビ」によるデジタル帝国の構想を打ち上げ、熾烈なレースが展開された。 レースは一企業の試行を超え、全米の通信会社、ハリウッドの映画スタジオ、シリコンバレーのテック企業、そして東芝やソニー、セガなどの日本の家電・ゲームメーカーも参戦する産業横断的な巨大プロジェクトへと発展した。全米中から集った業界最先端の技術者たちは、一台4,500ドルの超高性能端末の開発に奔走した。秩序を重んじるケーブル業界と「プログラミングは芸術だ」と言い切るシリコンバレーの文化が激突しながらも、異分野の技術を「力技で統合」していった。 物語の白眉は1994年の公開デモンストレーションだ。クラッシュ寸前のネットワークを「オー・ジーザス・スイッチ(おお神様スイッチ)」で繋ぎ止めながら、レヴィン会長は台本を無視して自らリモコンを奪い、VOD(ビデオ・オン・デマンド)を操作した。冒険が功を奏し、画面上のシルヴェスター・スタローン映画を自在に操る魔法のようなコントローラに会場は歓喜し、世界の注目プロジェクトとなる。 他方でFSNの真の価値は、当初目指したオンラインショッピング等の双方向メニューではなく、VODの実験から生まれた「動画ストリーミング技術」にあった。時間や場所の縛りから視聴者を解放するこの技術こそが、後の市場を制することになる。 インターネットの普及により、1997年にFNSの商用化は断念されたが、その過程で培われた技術からDVDが誕生し、今日のYouTubeやネットフリックスの動画配信へつながる基盤となった。2011年、FSNは「今日のビデオ・オン・デマンドおよび通信サービスの先駆者」として、テレビ界の最高栄誉である技術・工学エミー賞を受賞した。FSNは配信ビジネスの礎であり、本書はその地層を掘り返し「根源的なデジタル社会の設計図」を世に問うている。業界一線の記者によるルポルタージュは生きた教材として、今なお進化し続けるITプロジェクトへの提言書でもある。 |