ブックレビュー
| 原題 | Hypochondria |
|---|---|
| 著者 | Susannah B. Mintz (Author) |
| ページ数 | 296 |
| 分野 | 精神医学、歴史、文学 |
| 出版社 | Reaktion Books |
| 出版日 | 2026/02/01 |
| ISBN | 978-1836391227 |
| 本文 | 心気症(hypochondria)とは、実際には病気ではないのに重い病にかかっていると思い込む状態を指す。心気症は、患者にとっては切実な苦しみである一方で、誇張や詐病と見なされ軽視されることが多い。本書は、医学だけではなく歴史や文学的思考を通して心気症という現象を捉え直して考察することにより、創造性や対話的機能など、心気症に対する新しい解釈を提言している。 心気症に似た現象は古くから身近にあり、特にコロナ禍を経験した私たちにとっては社会現象として記憶に新しい。パンデミックがもたらした不安や恐怖感が、病気に対する社会的対応を形成していった過程には、ダニエル・デフォーの『ペストの記憶』に描かれた17世紀の状況と類似性がある。本書はさらに、シャーロット・ブロンテの『ヴィレット』、ジェーン・オースティンの『エマ』、モリエールの『病は気から』、フランツ・カフカの『変身』といった様々な時代の文学・演劇作品の他、詩人サミュエル・テイラー・コールリッジ、生物学者チャールズ・ダーウィンらの日記・手紙等を分析し、現代の映像作品に見られる事例も交えながら、心気症の持つ機能や特性、そしてその可能性を多角的に考察している。 本書は、病を無駄なものとみなし、健康不安を軽んじる社会の風潮に一石を投じ、心気症に潜む伝達力や、自分自身の老いとの向き合い方、相互ケアを育むポジティヴな面に目を向けさせる。心気症をひとつの現象として捉えることで医学や医療の領域を超え、数百年前の文献から新たな可能性を見出していく著者の姿勢は、読者が多様な思考を持つことや知のあり方を見つめ直すきっかけになるだろう。 一方で本書は、近代文学の名作に対する新しい読み方を提示する評論的な面白さも備えている。文学の中に息づく身体性を読み解く視点は、障害学のスペシャリストである著者ならではのものだ。本書の斬新な切り口は、文芸を愛する読者を大いに楽しませるだけでなく、未読の名作を手に取るきっかけにもなるだろう。 |