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原題 TRIPPY
著者 Ernesto Londoño
ページ数 320
分野 時事、社会問題、医学、薬物
出版社 Celadon Books
出版日 2024/05/07
ISBN 978-1250878540
本文 ギャラップの世論調査によると2022年の時点で心の健康状態が良くない、あるいはまあまあであるとしたアメリカ人の割合は24パーセントであるとされている。18歳から34歳に限るとその割合は46パーセントにのぼる。大多数のアメリカ人がメンタルヘルスを守るシステムに対して強い不満を感じていることがわかっている。治療にかかる費用が高額であるうえ、必要な時に必要かつ適切なケアを得ることはとても難しい。抗うつ薬は1980年代から広く使われるようになり精神医学の革命ともてはやされたものの、薬効が一定でなく副作用も深刻であると、大きな非難の声も上がっている。
こうした流れは病気に効く力があるサイケデリック薬の信奉者にとっては僥倖である。精神に作用する働きがある薬物を精神世界への聖なるパイプ役とみなしている先住民の治療師や著名な科学者、宗教的指導者、ニューエイジのヒッピーたち、退役軍人などそのコミュニティーは驚くほど幅があり、人口もどんどん伸びている。アメリカ食品医薬品局はエクスタシーとして有名なドラッグ、MDMAと幻覚キノコに含まれる精神活性化合物、サイロシビンが画期的な治療法になり得るか研究を進めている。心的外傷後ストレス障害や深刻なうつ病患者の治療のため、すでにクリニックで導入している国もあり、従来の治療法を凌駕する効果が得られているという報告もある。
サイケデリック薬による治療がますます身近になる可能性があるが、危機的状況にある人たちにとって、精神治療のための民間療法の施設が、すでにエントリーポイントになっている。指導者がサイケデリック薬の処方や販売が重罪となりうることを知りながら顧みる様子も見せずに、儀式と称し参加者に対して「治療」を施し始めている施設もある。
筆者が体験した修道所では4夜にわたる儀式で強力な向精神化合物であるDMTを含み、吐き気を催させる薬物由来の調合飲料が与えられた。取材を通して筆者の心に、盛り上がりをみせているサイケデリック薬の世界をジャーナリストとして徹底的に調査しなければならないという意識が生まれた。
果たしてこうした薬物はメンタルヘルスの救世主となりうるだろうか。移り変わりの激しい世界で政策立案者や読者が癒しを求めてサイケデリック薬に向かう危険性はないだろうか。新たな治療の限界、そして展望を理解したうえで方向性を定める必要がある。そのために本書が大きな役割を果たすかもしれない。