
小巻靖子(第64回・第419回オーディション作品入賞者)
入賞者の声
英語を使う仕事がしたい。そんな漠然とした思いはあったものの、明確な目標のないまま都市銀行に就職。でも、そこで調査部に配属され、海外の銀行のレポートや経済関係の記事の翻訳をすることに。思いがけず希望がかなったのです。翻訳は奥が深く、むずかしい。でも、むずかしいから、やりがいがある。「ずっとこの仕事をしていきたい」と思いました。このとき翻訳と出会えたのは本当に幸せでした。
その後退職し、結婚、出産、アメリカへの転居と、翻訳の仕事から離れてしまった時期がありました。でも、翻訳のことはいつも頭にあって、「時機をみてまたいつか」と思いながら、コンテストなどに参加していました。
トライアルには受かったけれど、なかなか仕事に結びつかない時期もありました。そんなとき、新聞にトランネットのことを紹介する記事が。それまで実務翻訳を現実的な選択と考え、書籍の翻訳なんてかなわぬ夢と思っていたので、この記事に胸が躍りました。数度目の挑戦で翻訳者に選ばれ、お知らせをいただいたときの「えっ、私が!?」という思いと、同時にこみあげてきた喜びは今もはっきりと覚えています。
何をしても人一倍時間のかかる質で、お仕事をいただくと数カ月、家にこもりきりの生活が続きます。それでも翻訳という仕事が好きです。原文の意味を過不足なく伝え、ぴったりと思える表現ができたときのうれしさは格別。新しい本に出会って、新しい世界を知るのも、私には大きな喜びです。たくさんの方に支えられ何冊か本を訳すことができましたが、ここまで来るのにも人一倍時間がかかりました。でも、私は私のペースで、じっくり、丁寧に、納得のいく仕事をしていくことができればと思っています。
※小巻靖子さんには、オーディション入賞をきっかけに、オーディション作品以外にも、分担訳を含む多くの訳書を依頼しております。
矢野真弓(第416回オーディション作品入賞者)
入賞者の声
これはわたし向きの作品かも ――“Romeo, Romeo” のオーディション課題を見てまず思ったことがそれでした。理由はしごく単純で、現代物であること、イタリア語やスペイン語が出てくること、そしてコメディ・タッチであること。「まさに運命の出会い!」と思うほどビビッときたのです(単なる思い込みとも言いますが……)。
かくして、「これは取りにいくしかない」くらいの気合を入れて応募したにもかかわらず、いざ合格メールを受け取ってみると、「え? 本当にわたしでいいの?」と信じられない気持ちでした。なにせ福引はいつもハズレのティッシュというくじ運の悪さなのに、多くの応募者のうちのひとりに選ばれるなんて、と。しかもロマンスでは、他校のトライアルやH社のオーディションで芳しくない成績ばかりもらっていたのですから。ただ、ユーモア・ミステリーが大好きなので、ラブコメであるこの課題はとてもすんなり自分のなかに入ってきました。きっと、ふだんユーモア系ばかり読んでいるわたしの文体が作品の雰囲気とたまたまマッチしていたのだと思います(下手の横好き、恐るべし!)。
実際の翻訳作業では、とにかく時間が足りないことが悩みでした。もともと仕事が遅いうえに、迷うことがあっても、これまでの共訳や下訳と違って誰かに相談することもできません。それでも、さまざまな犠牲を払いつつ(家のなかがぐちゃぐちゃとか!)も文庫本が出来上がり、見本を手にしたときはやはり感動でした。「おもしろかったよ」と言われると、本当に幸せな気持ちになります。そして、そのような読者の方々のおかげで、2作目の『ドクターと結婚しない理由』も今年の2月に出させていただきました。できれば、3匹目のドジョウもいてほしいと願っている今日このごろです(笑)。
このデビュー作はわたしにコメディという道に気付かせてくれたように思います。文芸翻訳を仕事につなげるのは本当に難しいですが、できれば、ロマンスとかミステリーとかジャンルに関係なく、おもしろいユーモア小説を発掘し、日本語で紹介していければと思っています(思い込みはさらに続く……)。
小川公貴(第411回オーディション作品入賞者)
入賞者の声
いきなりこんなことを言うのも何ですが、翻訳の仕事は儲かりません。一部、笑いが止まらないほど儲かっている方もいらっしゃいますが、基本的には儲からないし割に合わない、おまけに作業の大半は調べものという極めて地味な仕事です。ボーナスも老後の保証もなく、やっとこさトライアルに受かって仕事を得たと思ったら、うっかり地雷を踏んでしまい、翌日からは干されて収入ゼロなんてことも(伝聞です)。
かように儲からないし割に合わない、おまけに地味な仕事なのに、翻訳者になるための門戸はとても狭く、特に文芸分野ではその傾向が顕著だと言えます。
現在、文芸翻訳者になろうと思ったら、翻訳学校に通って実績のある翻訳家の先生に師事し、下訳などを経て実力を認めてもらい、仕事を紹介してもらうのが一般的でしょうか。これは有力な方法ではありますが、ある意味デビューの順番待ちみたいなところがあって時間がかかります。そのぶん、お金もかかるし根気も要ります。
一番手っ取り早いのは大手翻訳コンテストに優勝することですが、そもそもコンテストの数自体が少ないので、実際にはかなり難しいでしょう。
というわけで、儲からない仕事なのに、とりわけ文芸翻訳者にはなかなかなれません。で、普通は一本立ちする前に諦めてしまいます。実力があっても。
そんな閉鎖的な翻訳界において、トランネットさんのオーディションは、実力はありながらチャンスに恵まれない迷える子羊たちを照らす、一条の光のようなもの。
このオーディションの合否を決めるのは、運でもお金でもなく実力です。げに明快。
もちろん、たとえデビューできても、最初のうちは思うようには稼げないかもしれませんが、翻訳界という土俵に上がらせてくれる価値は計り知れません。本当の勝負はそこからなので。
私もお陰様で、一応、名刺の肩書きに「フリーランス翻訳者」と胸を張って書き記せるくらいにはなりました。そういう意味でも、トランネットさんのオーディションにはとても感謝しています。
三浦和子(第403回オーディション作品入賞者)
入賞者の声
オーディションに初めて挑戦したのは、5年前のこと。数回チャレンジし、『50歳までに「生き生きした老い」を準備する』の翻訳協力者に選ばれた。そのときの嬉しさはいまだに忘れられない。コーディネータさんとチェッカーさんに支えられ、四苦八苦しながらも翻訳の醍醐味を味わった3カ月間だった。
今回、『人生にもう一度灯りをともす七つの智恵』の課題文に目を通したときは、絶対にこれを訳したいと思った。すべてを失い、人生に絶望した青年がひとりの老人に出会い、人生を好転させる秘訣を学んでいく。そんなストーリー仕立ての自己啓発書で、誰もが見逃しがちなポイントを押さえている。入賞のお知らせをいただいた後、この本の世界にどっぷりと浸って翻訳作業を進めた。作品の不思議な雰囲気に引き込まれ、訳者の私も癒されていく実感があった。
今では翻訳抜きの生活は考えられないが、スタートを切るのは遅かった。好きな翻訳を本格的に勉強しようと一念発起。翻訳学校に通い、持ち込み企画が初訳書出版につながった。それ以来、ノンフィクションを中心に出版翻訳の仕
事にかかわり、実務翻訳、翻訳通信講座の添削も続けている。
そして、トランネットのオーディションへの応募は、翻訳の実践力をつける絶好の機会となっている。興味深い課題が次々に出題され、さまざまなタイプの翻訳を経験できる。本当にありがたく、トランネットの皆様に深く感謝している。やる気満々でトライしたのに不合格、という情けない展開も少なくないものの、苦労して訳した課題の復習は何よりの勉強になる。失敗を成果に変えていくプロセスが面白い。翻訳することで「七つの智恵」のいくつかを身につけられたのかもしれない。
出版翻訳は大変な仕事だと思う。肩がこる。腰も痛い。でも、とても楽しい。原文の意味をとらえて日本語を紡ぎだす時間は、何物にも代えがたい。私はこれからも、翻訳という仕事に精一杯取り組んでいきたい。
新規会員登録はこちら