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原題 Techlash
著者 Tom Wheeler (Author)
ページ数 216
分野 科学、経済、社会
出版社 Rowman & Littlefield Publishers
出版日 2023/11/10
ISBN 978-0815739937
本文   インターネット、SNS、eコマース、メタバース、AI……。デジタル分野の技術革新は目覚ましい。新しいテクノロジーが次から次へと生み出され、限られた分野だけでなくわれわれの日常生活にまでしみ込んでくる。それは商業や文化を変化させ、巨大な富を生み出した。その富を享受している大企業は何の規制も受けないまま事の成り行きを考えないまま新しい現実を作り上げていく。

 筆者はそうした時代を南北戦争後のアメリカ社会と対比させている。いわゆる「金ぴか時代」と呼ばれる1860年代後半から19世紀末までの好況期には鉄道や電話といった都市や人を結ぶネットワークが導入され工業経済が飛躍的に発展した。しかしその一方で工業化社会の有力者たちは市場競争の原理、消費者の安全、労働者の権利などをないがしろにし、富を蓄積する一方で公の利益は顧みなかった。その結果それまで傍観者の立場でいた政府が介入に乗り出し、反トラスト法や規制監督というかつてなかった新しい発想で対処した。

 そして今、新「金ぴか時代」も新たな困難に瀕している。デジタルプラットフォームを下支えしその運用を可能にしているインターネットはオープンで相互に接続されているはずだが、有力なデジタルプラットフォームが個人のプライバシーを独り占めしたり、市場競争原理を打破したり、虚偽の情報を広めたりしてその開放性を阻害し、閉ざされた世界を構築しようとしている。メタバースは教育をはじめ様々な分野で新しい可能性を提供しているが、その世界に入り込むための必需品であるヘッドセットを通じて利用者の目の動き、心拍数、表情などといった生体認証データを手に入れることができるため利用者の心理的構成にかつてないほど深く立ち入ることができてしまう。

 山積する問題に対し何か歯止めはあるのだろうか。公平で持続可能はデジタル経済社会を構築するためにはかつての「金ぴか時代」とは違った発想が必要である。新しい現実に立ち向かうために私たちが下さなければならない決定は新しいテクノロジー同様に大胆かつ革新的でなければならない。筆者はビジネス界や政府、それぞれでの上層部の経験をもとに企業革新と公共利益とのバランスの必要性を説いている。